現場検証(1)

「渕川、お前はずっとここで捜査をしていたのか?」ガマ警部が尋ねた。


「はっ! その通りであります! 昨日の雨のせいか地面がぬかるんでいて、下ろし立てのスーツが汚れてしまいましたがそんなことは一向に構いません! この渕川、事件解決のためとあらばスーツの一着や二着、喜んで犠牲にする所存であります!」


 確かに、渕川のスーツには襟から胸元にかけて泥が付いている。ただ、下ろし立てのスーツと言ってもそんなに高級な代物には見えなかった。スーパーで安売りされている上下セットで一万円程度のものだろう。


「では、現場の捜査状況を確認したい。何か目ぼしいものは見つかったか?」


「はっ! 一番気になったものと言えば、やはり足跡でしょうか」


「足跡?この踏み荒らされたやつですか?」木場が地面を見下ろした。


「いや、違います。現場検証前に撮影した写真がありますので、こちらをご覧ください」


 渕川がそう言ってスーツのポケットから数枚の写真を取り出した。木場が写真を覗き込むと、白いテープが貼られた場所に向かって二人分の足跡がつけられているのが見えた。右側の足跡は先端が尖った形をしており、サイズは小さい。一方の左側の足跡もやはり先端が長く尖っているが、サイズは右側のものよりも大きい。


「ご覧の通り、この辺りの地面は砂地の割合が多いため、足跡がくっきりと残っていました」渕川が説明した。

「右側に写っている方は屋敷からここまで続いており、車椅子のタイヤ痕と軌道が一致しておりました。おそらく車椅子を押した人間のものでしょうね。タイヤ痕については行きのものしかありませんでしたが、足跡の方は屋敷と崖を二往復しています。ただし、帰りのものは行きよりも大股になっておりました。急いでいたのだと思われます」


「車椅子を押していた人間というと、上の娘のものだろうな。サイズからしても女物、おそらくハイヒールだろう」ガマ警部が言った。


「ハイヒールはないんじゃないですか?」木場が口を挟んだ。「ハイヒールだったら踵の跡はヒール部分しか残らないはずですし、フラットパンプスだと思いますよ」


「……靴の名前なんぞどうでもいい。靴跡の型取りは済ませたんだろうな?」


「はい。これから家人の靴と照合が行われるはずです」渕川が答えた。


「ならいい。木場、お前は細かいことをいちいち気にするんじゃない」


 ガマ警部に叱られ、木場はしゅんとなった。思ったことを言っただけなのに……。きっと警部は『パンプス』という言葉を知らなかったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る