絶壁の孤城
パトカーに戻り、腹に食物を詰め込んだところでようやく人心地ついた。ガマ警部はコンソールボックスに本当に乾パンを入れており、乾パンの欠片を何度も咀嚼しては緑茶で流し込んでいた。木場は鮭のおにぎりを頬張りながらその様子を眺め、ガマ警部が防空壕の中で乾パンを齧っている光景を想像した。
二人がパトカーから降りたところで後発のパトカーが数台到着した。殺人事件の可能性もあるということで本部から応援が来たのだろう。
パトカーからどやどやと降りてきた刑事達は一様にガマ警部に向かって敬礼し、情報の引継ぎを始めた。その結果、使用人への聞き込みは彼らが人海戦術を駆使して行い、ガマ警部と木場は現場の調査に向かうことになった。
「これだけ時間が経てば鑑識の捜査も終わっているだろうからな。現場を見れば、事故か殺人かはっきりするかもしれん」
ガマ警部が言った。木場も頷くと、逸る気持ちを抑えて現場へと向かった。
現場に近づくにつれて舗装された道は減り、代わりに苔むした岩肌が広がっていった。前日の雨の名残か、岩肌の表面は光ってつるつるしており、油断したら滑って転んでしまいそうだった。すぐ横には青い海が一面に広がり、潮の香りが風に乗って漂ってくる。今日は海が荒れているようで、何度も強風が吹いては波がごうごうと音を立てて押し寄せ、岸壁にぶつかっては激しく飛沫を上げている。海上から吹きつける風は容赦なく木場の髪を乱し、ガマ警部のくすんだトレンチコートの裾をはためかせていく。
「……中にいると忘れてましたけど、この屋敷ってやっぱり崖の傍にあるんですね」
木場がぼさぼさになった髪を直しながら呟いた。
「一日二日の観光で泊まるならいいですけど、何年もこんな場所に住んでたらそりゃあ嫌にもなりますよね。周りに何もないし、普通に歩いてるだけでもうっかり海に落っこちゃいそうです」
「ああ、まして車椅子の人間が暮らすにはどう考えても不向きだ。雨宮は下半身不随になった時点でさっさと屋敷を手放しておけばよかったんだ」ガマ警部が耳の後ろを掻きながら言った。
「被害者はほとんど屋敷に帰って来なかったって松田さんが言ってましたけど、車椅子生活になってからはずっとこっちに住んでたんでしょうか?」
「おそらくな。交通事故の件についても、家人の誰かから話を聞いておいた方がいいだろう」
そうして話している間に現場に到着した。時刻は二時三十分。引継ぎを終えて出発してからちょうど五分だ。通常の人間の足であればこのくらいの時間になるのだろう。
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