捜査 ―3―
腹が減っては
松田の部屋を出た後、木場は彼から聞いた話を頭の中で反芻していた。
灰塚が夕食前に被害者と口論していたことを思えば、彼が現時点での最有力容疑者と言える。ただし動機という点では他の家族も疑わしい。公子にしても果林にしても、この外界と隔絶された屋敷に何年も縛りつけられていた。彼らが宗一郎からの束縛に耐え切れず、事故に見せかけて殺害したとしても不思議ではない。
それに松田も、宗一郎によって自由を奪われていた家族を不憫に思っている様子だった。家人を屋敷から『解放』するため、自ら手を下した可能性も考えられる。
それでも木場は、霧香だけは犯人だとは思えなかった。松田の言う通り、宗一郎の呪縛をもっとも強く受けていたのは彼女だろう。だが、宗一郎は霧香のたった一人の肉親なのだ。たとえ霧香が父親の介護に疲弊していたのだとしても、実の父親を殺害したとはどうしても考えられなかった。
「さて、主だった奴らの聞き込みは済んだ。後は使用人の連中に逐一当たって行くか」
ガマ警部が腕時計を見下ろして言った。木場もつられて自分の腕時計を見た。午後二時。屋敷に到着してからすでに二時間半が経過している。
「あの、警部。聞き込みの前に、そろそろお昼を食べませんか? 自分お腹空いちゃって……」
木場が腹に手を当てて言った。クッキーは結局一、二枚しか食べられず、紅茶も半分しか飲めなかった。ガマ警部に至ってはどちらにも一切手をつけなかった。部屋を出る前、木場はせめて余ったクッキーを持ち帰りたいと松田に頼もうとしたのだが、ガマ警部はその隙を与えずに木場を廊下へ連行した。抗議の声を上げ続ける腹の虫を抱えながら、木場は泣く泣く部屋を後にしたのだった。
「情けない奴だな……。一課の刑事ともなれば、昼飯抜きくらいは当たり前だぞ?」
「すみません。まだ慣れてないもんで……。車の中におにぎりがあったはずですから、食べてきてもいいですか?」
「……まぁいい。聞き込みの最中に腹が鳴っては面子が丸つぶれだからな。ついでだ。俺も一旦車に戻るとしよう」
「え、警部も何か買ってきてたんですか?」
「非常食として乾パンを常備してある。なかなか悪くないぞ。腹持ちはするし、夏でも腐る心配がない。張り込みの時には何度も世話になっている」
「そうなんですか? 自分、乾パンって戦時中の食べ物かと思ってました」
「……人を戦時時代の生き残りみたいに言うな。さっさと行くぞ」
ガマ警部が無愛想に言うと、さっさとロビーに向かって歩いて行った。木場も慌ててその後を追った。
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