供述 ―松田茂之(3)―
「それで、娘に会ったのは何時頃のことだ?」ガマ警部が尋ねた。
「十時過ぎでした。部屋の掛け時計が鳴ったのではっきりと覚えております。掛け時計の音を聞いてから、私はそろそろ屋敷の戸締りをせねばいけないと考え、玄関の方へ向かったのです。
玄関に辿り着いたところで、霧香様が血相を変えて駆け込んで来られました。いつも淑やかな霧香様にしては珍しいことでしたから、私はすぐに何かあったのだと悟りました。霧香様はひどく混乱した様子で、何度も旦那様の名前を呟いておられました。
私は近くにあった椅子を霧香様に勧め、何とか落ち着かれるように宥めながらお話をお聞きしました。ですが……旦那様が海に落下されたことがわかるとさすがに平静ではいられませんでした。直ちに運転手を呼んで警察への通報を命じ、それから使用人を集めて事態を伝え、奥様方にもお知らせするよう命じたのです」
「警察が到着したのは何時頃だ?」
「すでに日付が変わった頃だったと存じます。私達は急いで崖に行き、海上で仰向けになった旦那様を発見しました。物置からロープを取ってきてご遺体を引き上げようとしましたが、なかなか上手くいかず……。潮に流されないようにするのがやっとでした。
そうしているうちに警察が到着し、ご遺体を引き上げられたのです」
話している間に光景を思い出したのだろう。松田が顔を歪めて眉間を手で摘まんだ。
「娘に会ったのは十時過ぎか。娘の証言とも一致するな」ガマ警部が言った。
「しかし皮肉なものだな。雨宮は自分の酔狂のために崖に屋敷を建て、その崖から転落して死んだ。奴がここに屋敷を建てようなどと思わなければ、命を落とすこともなかったんだ」
「ええ……。私も自分がお仕えしていた方を貶めることは申し上げたくありません。ですが、旦那様に関しては天罰が当たった……。そう考える他はないと存じます」
「天罰って……ちょっと大袈裟じゃないですか?」木場が眉を顰めた。
「確かに被害者は、家族を自分の意のままにしていたみたいですけど、だからって死んでもいい理由にはなりませんよ」
「もちろん、おっしゃる通りでございます。ですが私は、旦那様が亡くなったことで、この屋敷の方々はようやく解放されたと考えているのです。中でも辛酸を舐めておられたのはお嬢様でした。旦那様のために、お嬢様はその身を犠牲にされたのですから……」
松田が顔をしかめてゆるゆるとかぶりを振る。彼が言っているのは霧香のことだろう。長年屋敷に仕え、幼少期から成長を見守ってきた分、父親から逃れられない彼女にいっそうの不憫さを感じていたのかもしれない。
松田の話を聞きながら、木場は改めてこの屋敷に住む人間のことを考えた。家長の死をまるで悲しんでいない人々に最初は憤りを感じたものだが、被害者の人となりを知るにつれて、彼らのそんな態度も無理からぬように思い始めていた。
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