供述 ―松田茂之(1)―

 松田が隣の部屋から椅子を二脚持ってきて丸テーブルの周りに並べた。木場とガマ警部に椅子を勧め、自分は部屋の脇から座高の低い椅子を持ってきてそれに腰かけた。足は余ることなく床にぴったりとついた。小さな身体が椅子にすっぽりと納まった姿は、チャイルドシートに座らされた幼児のようだった。


 松田に勧められ、木場はまず紅茶を啜ったが、暖かさと豊かな味わいが口の中に広がり思わずほうっと息をついた。次いで香ばしいクッキーに手を伸ばそうとしたが、それを制するようにガマ警部が言った。


「それで? あんたはこの屋敷の執事ということだったな。名前は松田……」


茂之しげゆきと申します。旦那様がこの屋敷を購入なさった時から管理を任されており、今年で二十年になります」松田が淀みなく答えた。


「ふむ、それだけ古株なら、屋敷の人間関係のこともよく知っているんだろうな?」


「もちろんでございます。特にお嬢様方については幼少期のお世話も致しておりまして、我が子同然に存じ上げていると申しても過言ではございません」


「なるほど。家族については後から聞くとして、まずは事件当日のことだ。夕食時以降のあんたの行動を聞かせてもらおうか?」


 ガマ警部が言った。一連の会話の間、木場はクッキーを食べたい衝動と必死に戦っていたが、そこで泣く泣く手を引っ込めてポケットから手帳とボールペンを取り出した。


「はい。夕食が始まる前は、私はこの部屋で帳簿のチェックをしておりました。七時前には給仕をするために食卓へ赴いたのですが、旦那様と灰塚先生がお見えになっておりませんでした。奥様に言いつけられ、私はまず旦那様をお呼びにお部屋へと伺ったのですが、部屋の中から言い争うような声が聞こえたのです」


 松田がすらすらと答えた。木場はボールペンを走らせるのを止め、ガマ警部と顔を見合わせた。


「その声は誰のものだったんだ?」ガマ警部が鋭く尋ねた。


「旦那様と……おそらく灰塚先生のものだったと存じます。お二人とも、非常に激しい口調で言い争われておりました。話の内容までは聞き取れなかったのですが」


「やっぱりあの灰塚って男の証言は怪しいですね」木場がガマ警部に耳打ちした。「縁談の話で、そんな激しい口論になるわけがありません」


「ああ。後で厳しく問い詰める必要があるようだな」


 ガマ警部が重々しく頷き、それから松田の方に向き直った。


「ところで、被害者と灰塚の関係はどうだったんだ? 普段から口論になることがあったのか?」


「そうですね、時々ございました。灰塚先生が屋敷のことに苦言を呈され、旦那様がそれに反論されることが多かったように存じます」


「苦言を呈するって、例えばどんなことですか?」木場が尋ねた。


「主には奥様のことです。旦那様は奥様と結婚されて間もなくこの屋敷を購入し、奥様と共にここへ移り住んで来られました。ですが、やはり通勤に不便だったのでしょう。それから一ヶ月も経たないうちに会社近くにマンションを借りられ、お一人でそちらに移られました。

 当時の奥様は若く、お美しい盛りでしたが、結婚して早一ヶ月で屋敷での寂しい生活を余儀なくされてしまったのです。先生はそんな奥様の身の上を不憫に思われ、奥様にも都会での生活をさせるように進言されたのです。旦那様は聞く耳を持たれなかったようですが」


「それは……確かに気の毒ですね」


 木場はボールペンを口元に当てて呟いた。公子と灰塚に対する心証の悪さも、事情を聞いているうちに少しずつ和らいでいく。

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