供述 ―雨宮果林(1)―
「えーと、とりあえず、昨日の行動を聞かせてもらえるかな?」
「別に大したことはなかったわよ。いつも通り一日中家にいて、灰塚先生に勉強見てもらって、後はテディちゃんとお喋りして、それだけ」
「テディちゃん?」
「うん、この子の名前よ」果林がぬいぐるみを両手で持ち上げた。
「あたしの大事なお友達なの。生まれた時から一緒にいるんだから。ねー? テディちゃん?」
果林が首を傾げてぬいぐるみに問いかけた。テディベアだからテディちゃん。何とも安直なネーミングだ。
「……あの、ごめん。果林ちゃんって今いくつ?」
「今年で十六歳よ。来月になったら十七歳になるけどね」
果林が平然と言った。つまり高校二年生ということか。しかし、高校二年生にもなってぬいぐるみを肌身離さず持ち歩くのはいかがなものだろう。
「あんた、年齢の割に随分幼いようだが……学校には通っていないのか?」同じことを考えたらしいガマ警部が尋ねた。
「中学までは行ってたけど、高校は行ってないわ。パパが行かせてくれなかったの」
「どうして?」木場が首を傾げた。
「さぁ。『学校の勉強なんかくだらない。家庭教師がいれば十分だ』って言ってたけど、本当はあたしを外に出したくなかったのよ。あたしが学校で男の子と仲良くなるのが面白くなかったんだわ」
「その気持ちはわからんでもないが……だからといって子どもの行動を縛りつけていい理由にはならんだろう。他の子どもを見て年相応の振る舞いを身につけるのも立派な勉強だろうに」
ガマ警部がぼやいた。亭主関白のように見えて、子育てには意外とうるさいのかもしれない。
「文句ならパパに言ってよ。あたしだって好きで家にいるんじゃないんだから」果林が唇を尖らせた。
「まぁでも、灰塚先生のことは好きだけどね。教え方は上手いし、学校じゃ聞けないような話を聞かせてくれるから面白いの。ママも先生のこと気に入ってて、よく二人でお喋りしてるわ」
「お喋り、ねぇ……」
木場が呟いた。果林が木場の方を向くと、意味ありげにくすりと笑った。
「話を戻すが、あんたは灰塚に勉強を教わってから夕食の席についたんだな」ガマ警部が言った。「時間は何時頃のことだ?」
「そうねぇ。たぶん八時くらいだったと思うわ。いつもは七時から始まるんだけど、その日はパパと灰塚先生が遅れてきて。あたしとママとお姉ちゃんは一時間も待たされたの」
「二人は一緒に食卓に来たのか?」
「そうよ。先生が車椅子を押してパパを連れて来たの。先生は怒ってたみたいだけど」
「怒ってた?」木場が口を挟んだ。
「うん、灰塚先生って普段からちょっと怒りっぽいんだけど、あの日はいつもよりピリピリしてた気がするわ。パパはいつも通りだったけどね」
木場はガマ警部と顔を見合わせた。灰塚の話によれば、二人が話したのは宗一郎の死後についての話だ。残される家族を託し、霧香との縁談を持ちかけるような話の場で、灰塚が怒る理由がない。
「……あの人の話、やっぱり嘘だったんでしょうか」木場が声を潜めて言った。
「今は何とも言えん。ところで、夕食の後あんたはどうしたんだ?」ガマ警部が果林に向かって尋ねた。
「部屋に戻ってテディちゃんとお喋りしてたわ。退屈だったから、何回か部屋出て家の中散歩してたけどね」
「その時誰かを見かけたか?」
「うーん? メイドや掃除係の人がうろうろしてるのはいっぱい見たけど、後は別に……」
そこで果林が言葉を切った。人差し指をおもむろに唇に当てる。
「どうした? 何かを見たのか?」ガマ警部が詰め寄った。
「うーん、見たと言えば見たけど……。これ、言っちゃっていいのかなぁ?」
逡巡しながらも、実際には言いたくてたまらないのだろう。身体を小刻みに前後に揺すり、意味ありげに口元に笑みを浮かべている。
「人間が一人死んでいるんだ。情報の出し惜しみはしない方がいい」
ガマ警部がぴしりと言った。果林は警部を見て頷くと、いかにも仕方がなさそうに、それでも話せる喜びを隠しきれずに言った。
「もう、オジサンったら強引なんだから。いいわ、教えたげる。あのね……あたし、あの二人が一緒にいるとこを見ちゃったのよ」
「あの二人?」
木場が身を乗り出して尋ねた。果林はゆっくりと頷いた。すっかり少女のペースに乗せられている。
「そう。あたしがママの部屋の辺りを散歩してたらね……。そこから灰塚先生が出てきたの!」
「何だって!?」
木場が叫んだ。どうやら予感は的中したようだ。
「あの二人、前からちょっと怪しいと思ってたのよね」果林がくすくす笑いながら言った。
「パパが家にいない時はしょっちゅう二人で内緒話してたし。でも無理ないわよね。灰塚先生ってまだ若いし、悪いオトコって感じでカッコいいじゃない? それに比べてパパはおじいちゃんだし、今はあんなになっちゃったし。女だったら誰でも先生の方がいいと思うわよ」
「そんな……」
確かに、未だ色香を漂わせている人妻と、精力を滾らせている若い男が一つ屋根の下にいるのだから何があったとしてもおかしくはない。でも、不具の夫の目と鼻の先で堂々と不倫するなんて、公子と灰塚には良心が欠如しているとしか思えなかった。
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