子どもじゃなくてよ

「まったく、何なんですかあの態度は!」


 灰塚の部屋を出るなり、木場がぷりぷりして怒鳴った。廊下に声が反響する。


「ちょっとは協力的になったかと思ったら、最後にまた謎めいたことを言って。それで詳しい話を聞こうと思ったら、今度は『俺の口からは話せない』の一点張りで。警察を馬鹿にしてますよ!」


 木場が速足で歩きながらまくし立てた。

 宗一郎が疫病神だという話を聞かされ、当然、木場達はその詳細を問い質そうとした。だが、灰塚はそれ以上決して語ろうとはせず、二人を部屋の外へ追い立て、内側から鍵をかけてしまったのだ。木場が何度扉を叩きつけても灰塚が扉を開く気配はなかった。


「確かに奴の態度は気に食わん」ガマ警部が唸った。

「情報を小出しにして、捜査の攪乱を図っているようにも思える。雨宮が奴を娘婿にしようとした話の真偽も怪しいものだ」


「あんな話、嘘に決まってますよ! きっと給料を上げてくれとか言って、それを被害者が渋って口論になったんですよ。でもそれを正直に話すと疑われるから、適当な話をでっち上げたんです」


「憶測で物を話すな、木場。奴に疑わしいところがあるのは事実だが、雨宮と口論していたと決まったわけでもない。他の連中からも話を聞いてみんことには何もわからんのだ」


「そうですけど……」


 ガマ警部に冷静に諭され、木場は熱くなっていた心が次第に冷えていくのを感じた。自分がこうまで熱くなったのは、単に灰塚の態度が悪いからではないだろう。


「……ところで、灰塚が言っていた縁談の話が本当だとして」木場が声を潜めた。「霧香さんはそのことを知っていたんでしょうか?」


「さぁな。あの娘は一言もそんなことを言っちゃいなかった。大方、雨宮が一人で勝手に事を進めていたんだろう。奴はそういう男だ」


「そう、ですよね……」


 ヤクザかホストにしか見えない灰塚の外見や、人を食ったような態度を木場は思い出した。あんな男が自分の夫になると知ったら、霧香はきっと卒倒してしまうだろう。灰塚が断ったからよかったものの、危ない橋を渡らされたものだ。


「それで、次はどうします?」ロビーまで戻ってきたところで木場が尋ねた。


「そうだな。夕食が遅れた件や、灰塚と雨宮の関係についての情報が欲しい。雨宮が『疫病神』だったことについても真偽を確かめねばならん。まずはその、松田という執事に話を聞きに行くか……」


「ね、オジサン達、もしかして刑事さん?」


 ガマ警部がそう呟いた時、不意に頭上から声が降ってきた。二人が見上げると、二階への階段を登ったところにある手すりに手をかけ、こちらを見下ろしている少女の姿があった。毛先のくるんとした栗色の髪をツインテールにして、袖や裾がふんわりとした赤いワンピースを着ている。足元にはリボンのついた赤いパンプスを合わせ、膝頭からふくらはぎまでがむき出しになっている。胸にはクマのぬいぐるみを抱え、子どもをあやすようにしきりに頭を撫でている。身長や顔立ちからして高校生くらいに見えるが、服装や髪形、それにぬいぐるみのせいで随分と幼く見える。


「そうだけど……えーと、君は?」


 木場が当惑して尋ねたが、そこであることに思い当たった。


「もしかして君、霧香さんの妹さん?」


「うん、そうだよ! あたしのこともう知ってるんだ! さっすが刑事さん、仕事はやーい!」少女が賞賛するように高い声を上げた。


「え、いやぁ、それほどでも……」


 木場が照れたように頭に手をやったが、すぐにガマ警部に脇腹を小突かれた。木場が顔をしかめて脇を押さえ、それを見て少女がくすくす笑う。


「いてて……えっと、確か《かりん》ちゃんだったよね」木場が脇腹の痛みを堪えながら言った。

「自分は警視庁捜査一課の木場、こちらは上司の蒲田警部。よかったら話を聞かせてもらいたいんだけど、降りて来てもらえるかな?」


「はいはい、わかったって。果林かりん、ちょうど退屈してたとこだから、相手したげる!」


 果林はそう言うと、ワンピースの裾を揺らして階段を駆け下りてきた。木場達の前に立ち、面白がるような目で木場の顔を覗き込む。父親を亡くしたばかりだというのに、哀しんでいる様子はまるで見られない。疫病神、という言葉が木場の頭を過った。

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