捜査 ―2―

儚さの裏に

 霧香の部屋を出た後も、木場の頭からは彼女のことが離れなかった。青いワンピースに包まれた華奢な身体や、哀しみを湛えた儚げな表情が何度も顔に浮かび、そのたびに胸を掻きむしられそうになる。


「おい木場、あんまりあの娘に入れ込むなよ」


 木場の胸の内を見て取ったのか、ガマ警部が釘を刺すように言った。木場が慌てて意識を現実に引き戻す。


「わかってますよ! でも霧香さん、本当に気の毒ですよね。あんなに若いのに父親の介護に明け暮れて、おまけにその父親を亡くしたんですから……。父親が死んだのを自分のせいだって思ってなければいいんですけど」


「だがそれは事実だ。あの娘が夜に雨宮を連れ出し、崖に置き去りにしなければ、雨宮が死ぬこともなかったんだからな」ガマ警部が苦々しげに言った。


「そもそも常識のある人間なら、夜の九時半から車椅子の人間を崖まで連れて行くという発想をするはずがない。おまけにあの晩は、雨が降った後で足元が悪かったというじゃないか。見方を変えれば、わざと悪条件の時に父親を連れ出したようにも思えるがな」


 ガマ警部の言葉に木場は足を止めた。信じられないものを見るように警部を見返す。


「え、じゃあ何ですか。警部は霧香さんが犯人かもしれないって思ってるんですか!?」


「……大きな声を出すな。あの娘に聞こえるだろうが」


 ガマ警部が舌打ちをした。木場は慌てて両手で口を塞いだが、なおも声を潜めて言った。


「でも警部、霧香さんが犯人なんてことはあり得ませんよ。だってあんなに哀しそうにしてたじゃないですか。」


「お前は人を見た目で判断し過ぎるんだ。あの娘はしおらしく見せかけてはいたが、実際のところ、父親の死によって介護から解放されたことを喜んでいるかもしれん」


「そんな……。じゃあ、さっきの態度は全部演技だってことですか?」


「その可能性は捨てきれん。いいか、木場。お前も刑事を続けるつもりなら、まずは人を疑うことを覚えることだ。人間は誰もが嘘をつく。特に犯罪者なんて輩はな。相手の言うことをいちいち鵜呑みにしていたら奴らの思う壺だぞ」


 ガマ警部が諭すように言った。木場は険しい顔で視線を落とした。勤続三十年を誇るガマ警部のことだ。それだけ多くの犯罪者に騙されてきた経験から出た言葉なのだろう。だけど木場には、あの哀しみに暮れた霧香の表情が演技だとはどうしても思えなかった。


(……刑事は人を信じちゃいけないのか? 常に相手の言葉の裏を読んで、何もかもが嘘だっていう前提に立って……ずっと相手を疑い続けなきゃいけないのかな?)


 木場は頭の中で煩悶したが、結論は出なかった。

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