供述 ―雨宮霧香(1)―

「まずは事件当日のことからだ。昨晩のあんたの行動を聞かせてもらおうか?」


「はい……。昨日は夜の八時頃から、家族全員で夕食を取りました。食事が終わったのは九時頃だったと思います」


「食事の席についていたのは誰だ?」


「私と父、それに母と妹です。後は家庭教師の灰塚先生もいらっしゃいました」


 ガマ警部は頷いた。木場も手帳を見ながら確認した。公子の証言とも一致する。


「被害者の食事の世話もあんたが?」


「いいえ、父の上半身は自由になりますから、食事は自分で摂られました。ただ……」


「どうした?」


 ガマ警部が鋭く尋ねた。霧香は少しためらう素振りを見せたが、すぐに言った。


「……夕食の後、父は夜風に当たりに行くのが好きだったんです。昨日も父がそうしたいと申したので、私が車椅子を押して父を外へ連れて行ったんです」


「え。ってことはもしかして、被害者を崖の近くへ連れて行ったのは……」木場が口を挟んだ。


「はい、私です」


 霧香がしっかりとした口調で言った。木場はガマ警部と顔を見合わせた。となると、宗一郎を最後に見たのは彼女である可能性が高い。


「父親を連れて屋敷を出たのは何時頃のことだ?」ガマ警部が霧香に向き直って尋ねた。


「そうですね……。夕食の後、少し休憩を取ってからでしたから、九時半頃だったと思います」


「屋敷から現場までの時間はどのくらいだ?」


「そんなに遠くではありません。歩いて五分ほどのところです。ただ、あの夜は雨が降った後で、道が少しぬかるんでいました。その上で車椅子を押していましたから、十分くらいはかかったと思います」


「つまり、現場に着いたのは九時四十分頃と。それからどうしたんだ?」


「崖の傍に着いてからは……父と一緒に海を見ておりました。ここ数日は雨が降り続いていたのですが、あの晩はよく晴れて、それは美しい満月が出ておりました。黒い海に月明かりが差す光景はとても幻想的で……。私、今でもあれは夢だったのではないかと……」


 再び哀しみが込み上げてきたのか、霧香は胸に手を当てて顔を背けた。木場は居たたまれなくなって眉を下げた。


「それで……その後であんたはどうしたんだ? 被害者が転落した時、あんたは近くにいたのか?」


 ガマ警部が慎重に尋ねた。霧香は警部の方に視線を戻すと、力なくかぶりを振った。


「いいえ……。実は私、一度屋敷に戻ったんです。父を一人で残していくことは不安でしたけれど、少しの間であれば問題ないかと思って……」


「屋敷に戻った? 何のために?」


 ガマ警部が眉を上げた。霧香はため息をつくと、うち萎れた様子で言った。


「昨日は父の誕生日だったんです。だから私、父にプレゼントを渡そうと思って用意していたんです。けれど屋敷に忘れてしまって……。それで取りに帰ったんです」


「プレゼント、ねぇ……。だが、何も車椅子の人間を崖に置き去りして取りに行く必要はないだろう。屋敷に戻ってから渡せばいいだけの話だ」


「今考えればその通りですが、私は毎年あの場所でプレゼントを渡しておりまして、昨晩もそうしたかったのです。あの崖は父のお気に入りの場所で、父は若い頃、よくあそこに立って海を眺めながら事業のアイディアを考えていたそうです。私……父に少しでも、元気だった時のことを思い出してほしくて……」


 そこでとうとう堪え切れなくなったのか、霧香は両手に手を埋めてさめざめと泣き始めた。木場は手帳にメモをする手を止め、顔を上げて不憫そうに霧香を見つめた。霧香が宗一郎を崖に置き去りにしたのは確かに軽率だったが、それは父親を想ってのことだった。木場はそれ以上彼女を責める気にはなれなかった。

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