薄幸の令嬢
「……すみません、みっともない姿をお見せしてしまって」
女性が消え入るような声で言った。木場は女性を凝視したままぶんぶんと首を振った。
「父がもうこの世にいないことがどうしても信じられなくて……。昨日まではずっと一緒だったのに、突然私を置いていなくなってしまうなんて……」
女性が言いながら嗚咽を漏らし始める。木場は慌てて彼女を慰めようとした。
「あ、えーと……犯人は絶対に自分達が捕まえますから! 今はとにかく、お話を聞かせてもらえませんか?」
必死な調子で言って女性を見つめる。女性は何とか嗚咽を堪えると、涙を拭って顔を上げた。
「……そうですね。私がいつまでも哀しんでいても、父は浮かばれませんものね……」
女性はそう言ってすっと背筋を伸ばした。先ほどまでとは違う、凛とした視線が木場を捉える。
「私、
「介護? そんなものは使用人の仕事じゃないのか」ガマ警部が訝しげに尋ねた。
「……父は私以外の人間に心を開いていないんです。私以外の人は父の財産が目当てで近くにいるだけだから、世話を任せたら毒を盛られるかもしれないと申しておりました」霧香が真面目な口調で言った。
「え、じゃあ、お父さんが下半身不随になってからは、霧香さんがずっとお世話を?」木場が目を丸くして尋ねた。
「ええ……私が十九歳の時に事故に遭いましたから、もう五年になります。」
「そんな……。五年前に十九歳ってことは、霧香さん今二十四歳ですよね? 一番楽しい時なのに、それを父親の介護に費やしてるなんて……」
木場が憤慨したように言った。霧香のように若くて美しい女性が、こんな閉じた世界で父の介護に明け暮れているという事実に納得できなかったのだ。
「……いいんです。私にはこれくらいしかできませんから。私がお世話をして父が喜んでくださるなら、私にはそれで十分なんです」
霧香はそう言って寂しげに笑ったが、その表情はどこか無理をしているように思えた。彼女はきっと、今まで自分の感情をひた隠しにして生きてきたのだろう。自分のことは全て後回しにして、ただ父のために人生を捧げてきた。そんな彼女の健気さに木場は心を打たれた。
「ところで、あんたは今二十四歳とのことだが、あんたの母親は被害者と結婚して二十年になると言っていた。どういうことなんだ?」ガマ警部が尋ねた。
「私はお義母様とは血が繋がっていないのです。実の母は私を産んで間もなく死亡し、父はそれから今のお義母様と再婚されたのです」
「じゃあ、妹さんとも血は繋がっていないんですか?」木場が口を挟んだ。
「はい。ですから、私の肉親は父一人だけなのです。その父を亡くしてしまって……。私……」
再び哀しみが込み上げてきたのか、霧香が両手で顔を覆った。木場は不憫そうに霧香を見つめた。彼女が父親の介護に明け暮れていたのは、肉親への情もあったのかもしれない。
「……哀しむのは無理もないが、今は話を聞かせてもらえんかな」ガマ警部が同情の色を見せながらも言った。
「父親の死の真相がはっきりせんと、あんたもやり切れんだろう」
「ええ……そうですね、すみません」
霧香が顔を上げた。瞳には涙が滲んでいたが、必死にそれを堪えているようだ。
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