運命の出会い
使用人の話では、二人の娘の部屋は二階の西側、家庭教師は一階東側の客室にいるとのことだった。ちなみに公子と宗一郎の部屋は二階の東側にあり、一階の西側には食堂と使用人達の小部屋があるそうだ。ただし、宗一郎が車椅子生活になってからは夫婦の寝室は別になり、宗一郎は一階東側の客室を使っていたらしい。二人はまず娘達の部屋に向かうことにした。
屋敷の廊下はやたらと長く、何に使われているかわからない部屋がたくさんあった。開け放しにされた扉から中を覗くと、どの部屋にも凝った模様の壁紙や絨毯が使われており、室内には装飾を施した家具や、座り心地のよさそうな椅子やソファーが置かれている。
「おい木場、社会科の見学に来てるわけじゃないんだ。あんまりあちこち覗くんじゃない」
ガマ警部が咎めるように言った。ぼけっと部屋を眺めていた木場が慌てて前を向く。
「あ、すいません。でもこの屋敷すごいですよね! 今歩いてきた廊下だけでも部屋が二十くらいありましたよ」
木場が感心した顔で廊下を振り返った。左右に部屋がずらりと並ぶ様相はホテルさながらだ。
「……金持ちの考えることはわからんな。家人は五人しかいないのに、どうしてこんなに大量の部屋が必要なんだ?」ガマ警部が苦々しげに言った。
「お客さんがたくさん来るんじゃないですか? 被害者は顔が広かったみたいですから、しょっちゅうパーティーを開いてたのかもしれませんよ」
「ふん、成金連中が集まって、お互いの豪遊ぶりを見せつけ合おうというわけか。まったくいいご身分だな。こっちは車のローンの返済で逼迫しているというのに」
ガマ警部がまた文句を言った。どうやら警部の家計は毎月火の車のようだ。
そんな会話をしている間に廊下の端まで辿り着いた。廊下を挟んで左右に部屋が二つあり、左側には『KIRIKA』、右側には『KARIN』という白い字の書かれた木のプレートがぶら下がっている。
迷った末、木場はまず左側の扉をノックした。ややあって、はい、とか細い返事が聞こえる。
「すみません、警察の者です! 少しお話を聞かせてもらっても構いませんか!?」
木場が大声で尋ねた。またややあって、どうぞ、と蝦の鳴くような返事が聞こえる。そのあまりの頼りなさに木場はガマ警部の方を見たが、警部は部屋の方へ顎をしゃくっただけだった。
木場は少しためらった後、「失礼します!」と叫んで扉を開いた。
ロビーの壮麗さに比べると、それは質素と言ってもいい部屋だった。淡いブルーの壁紙に濃紺の絨毯、白で統一された家具が洗練された雰囲気を醸し出している。飾りといえば花瓶にユリの花が生けられているくらいで、余計なものは何一つ置かれていない。
そしてその部屋の中央、白いテーブルと向かいになった椅子に、こちらに背を向けて腰かけている女性の姿が見えた。背中まで伸びた艶やかな黒髪に木場の目は引き寄せられた。
「あの、すみません。警視庁捜査一課の木場と申します。ちょっとお話を……」
そこで女性が不意に振り返った。その瞬間、木場の目は彼女に釘づけになってしまった。
若い女性だった。まだ二十代前半くらいだろうか。とても華奢な体型をしていて、シックな青色のワンピースの上に、レースのついた白いカーディガンを羽織っている。袖口から見える手首は細く、今にも折れてしまいそうだ。ワンピースの裾から覗く小さな足は白いパンプスで包まれ、全体として清楚な印象を与えた。こちらを見上げる瞳は赤く泣き腫らしていて、父親を失った哀しみがありありと浮かんでいた。
だが、そのような打ち萎れた姿をしていても彼女ははっとするほど美しく、荒涼とした砂漠に咲いた一輪の白ユリのように思えた。
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