供述 ―雨宮公子(2)―
「……まぁいい。それで? あんたは被害者とどこで知り合ったんだ?」
ガマ警部が公子に向かって尋ねた。その時、公子の顔に微かに影が差した気がした。
「……あれは、そう、今から二十年も前のことになりますわ。あたくし、当時は派遣社員をしておりまして、イベント会場の設営や受付の仕事をしていたんです。その時スタッフとして関わっていたのが実業家の方を集めたパーティーでして、そのパーティーに主人が参加していたんです」
「つまり、そこで被害者に見初められたってことですか?」木場が尋ねた。
「ええ。主人はあたくしに名刺を渡して、何かあればいつでも連絡をするようにと言いました。当時、主人はすでに実業家としてメディアにも出演していましたから、あたくしも名前くらいは知っていました。そんな方とお知り合いになれたなんて……幸運としか言いようがありませんでしたわ。
当時のあたくしは薄給で、毎月の生活費にも喘いでおりましたから、主人にはよく金銭的な相談をしておりました。主人は担保も利子もなしに何度もあたくしにお金を貸してくださって……。本当に、主人がいなかったらどうなっていたかわかりません」公子は悩ましげにかぶりを振った。
「そうした関係を続けるうちに、主人の方から結婚を前提とした交際を持ちかけられたんです。あたくしのように学も家柄もない女を見初めていただけるなんて……当時は随分驚いたものですわ。
でもあたくし、これはチャンスだとも思いましたの。主人と一緒になれば、もう貧乏な生活に戻ることもない……。そう考えて承諾したんです」
公子はそう言って話を終えた。壮大なロマンスを期待していた木場は、結局財産目当てだったと知ってがっかりした。だが見方によっては、宗一郎も金で公子を買ったようなものであり、ある意味ではお似合いの夫婦なのかもしれない。
「ふむ……となれば、今回の被害者の死は、あんたにとってはあながち不幸な出来事でもなかったようだな」ガマ警部が言った。
「あんたは楽な暮らしをするために雨宮と結婚した。奴は六億円もの金融資産を抱えていた。夫が死んだとしても、あんたはその遺産で十分暮らしていけるだろう」
「まぁ……なんて失礼な。あたくしが主人の死にショックを受けていないとでも言うつもりですの?」公子がアイシャドウの濃い目を吊り上げた。
「さぁな。ただ俺が言いたいのは、遺産目当てで親族を殺害する例はいくらでもあるということだ」
ガマ警部はじろりと公子を見やった。公子が傲然と顎を上げて鼻を鳴らした。
「とにかく、捜査が終わるまではこの屋敷から出ないことだ。他の家人に話を聞いた後、またあんたに話を聞きに行く可能性もあるからな」
「言われなくてもそのつもりですわ。あたくしは車も運転できませんし、出たくてもどこにも行けはしませんから」
公子が捨て鉢な口調で言うと、憤然として警部を睨みつけ、ヒールの音を響かせながら足早に立ち去って行った。
「警部……よかったんですか、あんな言い方して」木場が眉を下げた。
「あれじゃ公子さんが犯人だって言ってるみたいじゃないですか。名誉棄損で訴えられますよ」
「ふん、訴えたければ好きにするがいい。薄給の派遣社員だったか知らんが、結局あの女は金目当てで雨宮と結婚した。だが見てのとおり、奴はまだ女としての魅力を滾らせている。こんな人里離れた屋敷に引っ込んで、何年も大人しくしていられるようなタマじゃないだろう。邪魔になった夫を事故に見せかけて殺害した可能性は十分ある。奴にはアリバイもないしな」
「うーん。でも女性が男性を崖から突き落とせるでしょうか?」宗一郎のずんぐりとした体型を思い出しながら木場が言った。
「奴は車椅子に乗っていた。車椅子のブレーキを外し、勢いをつけて押せば造作もないだろう」
「そっか。じゃあ女性でも犯行は可能なんですね」
木場は聞き出した情報を必死にメモに書きつけた。真新しい手帳が瞬く間に真っ黒になっていく。
「それで、次はどうしましょうか?」
「ひとまず残りの家人に話を聞くことにしよう。二人の娘と家庭教師だったな。あの女に部屋の場所を聞ければよかったんだが、まぁいい。その辺りにいる使用人の連中を捕まえて聞き出すことにしよう」
言うが早いがガマ警部は歩き出した。木場はまだ情報の半分も手帳に書き込めていなかったが、手を止めて慌ててその後を追った。
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