供述 ―雨宮公子(1)―
「さて、それではまずは事件当時のあんたの行動からだ」
ガマ警部が言うと、トレンチコートのポケットからよれよれになった黒革の手帳を取り出した。持ち主と同様、相当年季が入っているようだ。
「被害者が殺害されたのは昨日の午後十時だ。まずは昨晩のあんたの行動を教えてもらおうか」
「取り立てて変わったことはありませんでしたけれど……」公子がネイルを施した指先を口元に当てた。
「我が家では家族揃って食事を取るのが習慣になっておりまして。昨夜も八時頃には全員が食卓についておりました。終わったのは九時頃だったかしら」
「その家族というのは、被害者とあんた、それと二人の娘のことか?」
「ええ、それと家庭教師の
「ふむ、その五人で食卓についたと。それからあんたはどうしたんだ?」
「自室に戻りましたわ。ちょうど外国から取り寄せたアロマオイルが届いたところでしたから、香りを試してみたかったのです」
「では、夕食後は一人だったと?」
「ええ……。でも刑事さん、奇妙なことをお聞きになりますのね。まるであたくしが主人を殺したと疑っているみたいじゃありませんか。主人の死は事故じゃありませんの?」
「事故かもしれんが、殺人の可能性も拭えん。だからこうして情報を集めているわけだ」
「まぁ……何て野蛮なこと。この屋敷の人間が主人を殺したかもしれないんなんて、よくもそんな不躾なことが言えますわね?」
「どんな人間だって罪を犯す。男か女か、金持ちか貧乏かなんてことは関係なくな」
ガマ警部がにべもなく言った。公子は顔をしかめたが、何も言わなかった。
「それで? あんたは夕食後に自室に戻り、そのままずっと部屋にいたのか?」
「ええ……十五分ほどアロマオイルを堪能しまして、それからお風呂に入りましたわ。一時間ほどしてから出まして、パックをしようとした矢先に使用人が部屋に飛び込んできまして……。それで主人が亡くなったことを知ったのですわ」
「屋敷の連中が死体を発見したのは十時十五分頃か。後で使用人の連中にも確認することにするか」
ガマ警部が手帳に情報を書きつける。それを見ながら木場がおずおずと口を挟んだ。
「あの、警部、自分からも質問していいですか?」
訊きながらジャケットのポケットから真新しい手帳を取り出し、新品のボールペンを片手にうずうずと身を乗り出す。ガマ警部はじろりと木場を見やり、渋々頷いた。
「……くだらない質問でなければ許可する。それで? どんなことだ?」
「あ、いや、公子さんは被害者とどこで知り合ったのかが気になって。ほら、お二人って歳も随分離れているみたいですし、どういう経緯で結婚することになったのかなって」
「被害者との馴れ初めか……。興味本位で聞いているんじゃないだろうな?」
「ち、違いますよ! いや、もちろん興味はありますけど、決してゴシップ的な気持ちで聞いてるわけじゃありませんから!」
木場がぶんぶんと頭を振った。どうだか、とガマ警部は内心で突っ込みたくなったが、切りがないので止めておいた。
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