第5話 本の虫、ついに羽ばたく

魔王の掌の光球は、さらに膨張していっている。これが最上位魔族の魔力なのか…。


「大陸ごと吹っ飛ばすつもりかあのヤロー!おいリイレどうする⁉︎…ってリイレ?」


てへぺろ君が私の方を見て尋ねるが、私はただ魔王の掌の光を見ているだけだった。


「もう…いいや…。私、十分頑張ったよ。」


魔法が使えない引き篭もりが、魔物の頂点、魔王に一矢報いた。それだけで良い冥土の土産ってものだ。悔いはない。


「『もういい』ってなんだよ!まだ戦いは終わってねぇぞ!」

「てへぺろ君…一緒に見たダンジョンの雑誌に付箋がいくつも貼ってあったの覚えてる…?」

「あぁ。どれも高い攻略難易度のダンジョンだったよ。」

「付箋を貼ったのはあたし。いつか行ってみたいって思ってたの。」

「は?あれはプロの冒険者がちゃんとしたパーティー連れて行くような所だろ!冒険者でもねぇし仲間もいねぇ、ましてや魔法も使えないお前じゃ…」

「あたし、ずっと死に場所を探してたんだ。」

「⁉︎」

「死に様くらいは派手にしたいっていうか…

家の中で独り静かに死んでいくより、どうせなら強いモンスターに倒されてこの腐った人生に幕を下ろしたいなって。あはは。

あたし、意外と見栄っ張りでしょ?」

「お前何言って…」

「だから、まさか伝説の魔王に、それも相手に認められて殺されるなんて出来すぎてるくらいだわ。悔いはない。家の本はもうとっくの昔に全部読んでるしね。」

「オイ、リイレ…」

「あ、そうだ。まだお礼言ってなかった。短い間だったけど、楽しかった。空からの景色を見せてくれてありがとう。てへぺろ君。」


私はしゃがんで彼の頭を撫でた。すべすべしていて柔らかい。


「最後の挨拶はもう済んだか?では遠慮なく…」


「『死ぬ』なんて言うなよ!!!!!!!」



てへぺろ君が叫んだ。ダンジョンの中を反響する声。なにを言うと思ったら…だったらこっちだってっ!


「『死ぬな』なんて言うな!!!!!!」



私も叫んだ。


「あたしのこと何も知らないで!あたしが生きてようが死のうが世界は何も変わらない!誰もいないの!あたしを、こんなあたしでも『ここにいて良いんだ』って言ってくれる人が!あたし…何のために生きてるのか…」

「オレのために生きてみろ!!!!」

「は、はぁ⁉︎何言って…あ、そうか。アンタにとってあたしは貴重な金ヅルだったわね。いいわ。今すぐここから逃げてあたしの家に行けたら、あの本全部くれてやるわよ。」

「違う!逆だ!オレがお前の客になるって言ってんだよ!!」

「何言って…」


「お前が取り上げたあのノート、お前の書いた物語だろ?」


「!」


沢山の本を読んでいくうちに自分もなにか書きたくなって、いつしか何冊ものノートに自作の小説を書いていた。誰に見せるでもないが、紙とペンさえあればできる、私の大切な趣味だ。


「少ししか読めなかったんだが、その…面白かったんだ。」


てへぺろ君のその一言は、私の体中を電気が走るように駆け巡った。そのたった一言が、私の生存本能を呼び覚ました気がした。


「さぁ武器をやろう。だがこれはレンタルじゃあねぇ。お代はきっちり頂くぞ!うちの最高級商品だ。値は張るから覚悟しろよ!」


そう言うと、てへぺろ君は私に背を向け歩きだした。


「今度はそのチビが相手か。貴様からも魔力を感じないが、武器を持っていないぞ。」

「何言ってんだ?武器とはオレ自身のことだ!業績不振でこんな辺境送りにされちまったオレだが、なんで左遷されちまったかわかるか?」


歩む速度を上げるてへぺろ君。彼に向かって、魔王はいよいよその膨れ上がった光球を放った。


「オレ自身の強さが武器の性能を食っちまって全然売れねぇんだよ!!」


てへぺろ君の影が光球と重なる。辺りは光に包まれ、私は目を瞑った。


ドガーン!!!!!!!


何かが崩れる大きな音に驚き、目を開ける。

やけに明るい。天井を見上げると、空。

ダンジョンの天井が抜け、空が見えた。

なんとあの巨大な光球をてへぺろ君が蹴り上げたのだった!

驚く魔王。当然だ。老いているとはいえ、現役の勇者を一撃で倒せるだけの実力者。その生涯最後の全力を、見たことのない生物に軽くいなされてしまったのだから。


「魔王よ、この世界に失望したとか言ってたな。それはお前が知らないだけだ。この世界は面白い。お前より強いオレが言うんだから間違いないだろ?残り少ない命だろうが色々見て回ればいい。それじゃ、手始めにこの星の外に行ってみようか!」


そう言うと、てへぺろ君は魔王を掴み上に思いっきり投げ飛ばした。


「ぐおおおおおおーーーーー」


魔王の絶叫がだんだん遠く、小さくなっていく。空の彼方へ消える魔王。本当に宇宙まで投げ飛ばしてしまったようだ。




「さてと、商談の続きだ。」


呆気にとられていると、彼は振り返り、私の方に近づいてきた。


武器オレの対価は…そうだな…お前の小説を一番最初に読む権利ってとこかな!さぁどうするお客さん、オレを買わないか?」


微笑みながら手を差し出すてへぺろ君。答えなんて分かりきってる。



「買った!!!!」




地球人と宇宙人、ファンタジーとSF。本来なら決して交わることのないはずの二人は、客と商人であり、所有者と武器であり、作者と読者でもある。

そして、かけがえのない友達だ。

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アンチ・ファンタジー・ガール みょー @myou26

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