第61話 祝福はきみのために!愛されし子ウーマ!5
砂煙が収まるまで、ツッコたちは動けずにいた。
月の落下という大惨事の中、神業測定士ハカリマの巻き尺さばきと純白騎士トワの畏怖のオーラ、それに寿司職人ツマゴの握り技術によって面々は無傷に済んだものの、身を守るのでせいいっぱいだった。
「ウマちゃん……! どうなったの……?」
ドエィムは身を乗り出して、目をみはった。
惨状の中心地。月が落下した真下の、残骸に埋もれた箇所。
その残骸が動いて、中から三人の姿が現れた。
バカップルのコイチローとアイリ。そしてウーマ。
ドエィムは声を上げて駆け寄りかけて、けれど迷いが生じて立ち止まった。
その姿を、ウーマはばつの悪そうな顔で見つめた。
「……ドエちゃん」
呼びかけられて、ドエィムはびくりとした。
ウーマは少しうつむいてうじうじとして、それからしっかりと前を向いて、バカップルのそばを離れて、ドエィムのもとに歩み寄った。
そして頭を下げた。
「……ケーキ。台無しにしてごめんなのじゃ。
新しいケーキ、潰れちゃったけど、おいしく食べるのじゃ。ありがとうなのじゃ」
「ウマ、ちゃん……! あの、わたしも、ごめんねぇ、ウマちゃんのこと、何も知らなくて、それで……!」
しがみつくように二人で抱き合って、泣いた。
しばらくそうして、それからウーマは、大人たちの方に顔を向けた。
「シッツージ。それに、王国兵士。
ワシにはもう、自由恋愛禁止軍団は必要ないのじゃ。
……けど、このあとどうすればいいのか、ワシには分からないのじゃ」
「ウーマお嬢様……」
執事のシッツージは固くうなずいて、ツッコに向き直った。
「王国兵士氏。事の大きさは重々承知のうえで言うのですが、子供のやったことでシッツージ。
すべての責任と罪科は、保護責任者のわたくしめが負いまシッツージ。
どうか、どうか彼女のことは、許してもらえないでしょうかシッツージ」
「俺に言うなよ。ただの兵士だぞ」
ツッコは視線を外して、苦々しく言った。
そうしてから、視線を横に向けたまま、ぽつりと言った。
「……けど、まあ。
負わなきゃいけない罪と責任は、思ったより小さいのかもしれねえな」
視線の先、桃色オーラの残滓が輝き残っている。
愛のゆらめきは空間をゆがめ、大陸各地の様子が映し出されていた。
風雲・自由恋愛禁止城(全壊)の周囲。月の落下の衝撃で飛び散った、桃色オーラが降りそそぐ。
集まっていた自由恋愛禁止軍団の一般団員たちは、桃色オーラを浴びる。
「救世主たちを止められなかったワルモノ……でもみんなで団結して頑張ったのは、仲間って感じで楽しかったワルモノ」
「もし軍団がなくなっても、私たちの絆は変わらないワルモノ!」
「変わらない……でも俺は変わりたいワルモノ……おまえとの関係、もっと先へ……」
「えっ……それって……(トゥンク)」
アイシテルノサ大陸の辺境、
ウーマシーカーの隕石により壊滅したその地には今、軽快なダンスミュージックが流れる。
灰色の大地の中心で踊る、キンキラキンの黄金鎧に筋骨隆々、そして頭はアフロヘアーの男。
「あらたな一体感を感じるシャチホコ! アフロになったこのンパス・グラのハートには、熱いダンシングソウルがあふれるシャチホコ!」
「とっても楽しいチョンマゲ! 文明が開花だチョンマゲ! この街を攻めたこと許してチョンマゲ!」
「許すシャチホコ! 新しい友情のグルーヴを楽しむシャチホコ!」
ンパス・グラの隣で踊るのは、元・自由恋愛絶対禁止幹部の一人、チョンマゲシャーマンのブーン・メイカイカー。
彼らの周囲を取り囲み、ともに踊るオーディエンスたちは、この街の住民も自由恋愛禁止軍団の一般団員も入り混じる。
今この街にあるのは、ダンスの熱狂のみ。敵も味方もいない。
ゆるやかに降る愛の桃色オーラの下で、ラブアンドピースのスイングを繰り返した。
アイラッビュ王国の田舎町、マガリカドデパン村。
夕焼け(夕方ではない)に照らされて美しく輝く、ブーメランパンツに筋肉モリモリ身長二メートル半の屈強な男。
「マッチョーネ氏ー、次はこっちの手伝いをお願いしてもいいソンチョー?」
「お安い御用だマッスル! この筋肉でいくらでもマッスルハッスルで万事解決でマッスル!」
元・自由恋愛絶対禁止暗黒幹部、マッチョマジシャンのマッチョーネ・キンニクールは、自慢の筋肉で村の名物のパン作りに貢献する。
そこには敵も味方もなく、ただ美しい夕焼け(夕方ではない)とおいしいパンの香り、そしてゆるやかに降りそそぐ愛の桃色オーラがあった。
上空からの光景。割れた大陸全体に、桃色オーラが降りそそぐ。
高まる愛の万有引力により、大陸はどんどんとつながってひとつになる。形を変える。月の残骸と周囲の別の大陸をも巻き込んで。
新しい形に。
ハートマークの大陸に。
すべての光景をながめながら、ツッコはふっと言葉をこぼした。
「軍団の行動で、少なくとも死人は出なかった。
傷ついた人たちも……まあいろいろ変なふうになってる人もいるけど……みんないい方向に向かってる。
そういうふうに導いてくれたみたいだ。バカップルの力が」
その映像を、ハカリマら暗黒幹部の面々が神妙に見た。
ツッコは顔を別の方に向けた。
たたずんで、同じく世界の光景を見ていた、バカップルに。
バカップルのコイチローは、見上げながらふうと息を吐いた。
「僕たちの功績って、言っていいのかな、これ」
「わたしたちの功績だと思うよ」
コイチローは横に目を向けた。
光景をまっすぐに見るアイリは、しっかりと言った。
「だから、わたしたちの責任だと思う。
このよくなった世界を守って、もっともっとよくしていくのは」
力強い目をして、言った。
「わたしは、そうしたい」
コイチローは、その横顔を見つめて、やがてうなずいた。
「寄り添うよ。僕がずっと」
二人は手をつなぐ。
二人のアホ毛が、ハートマークを形作る。
その姿を見ながら、ツッコは吐き捨てるように言った。
「おまえら二人だけに背負わせるかよ。背負えるもんでもねーし、背負わせちゃいけねえだろ」
そしてウーマとシッツージに、顔を向けた。
「ウーマ! 執事のおっさん! 王国に行くぞ!
きちんと裁判して罪と罰を決めて、それからあんたらの口で意見を聞かせろ!
世の【
そして背を向けて、バカップルの方に向き直った。
「コイチローとアイリも。俺たちと一緒に来てくれよ。
救世主の役目を果たして、これからどうするのか、俺が一緒に考えたいんだ」
コイチローとアイリは、一度ツッコの顔を見て、それから二人で見合ってから、またツッコに向き直って、うなずいた。
ツッコもうなずき返して、そして声を張った。
「よっしゃ! みんなで行くぜ! 王国への帰還だ!
そんでどっか広い場所で、みんなでメシ食おうぜ!
ウーマの誕生パーティー、やらなきゃだろ!」
歩き出す。ツッコが先陣を切る。
コイチローとアイリは見つめ合って、小さく笑い合ってから、手をつないでツッコに続いた。
暗黒幹部の面々も、互いに顔を見合わせてから、歩き出した。
純白騎士トワは控えめに歩いて、ツッコがふと振り返って手を伸ばしてきて、それで手を取って、隣を歩いた。
ドエィムとウーマが、寄り添って後方に続き、シッツージが最後尾を歩いた。
そのシッツージに、ウーマは手を伸ばして、手を取った。
シッツージは一瞬手をこわばらせて、とまどって、迷って、やがてふるえながら、その手を握り返した。
「……ありがとう」
誰かが誰かに向けて、つぶやいた。
大地に散った桃色オーラの残滓は、薄く溶けて染み渡って、世界を薄ピンク色に染めていった。
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