第60話 祝福はきみのために!愛されし子ウーマ!4

 大地と月の、その間。わずかな隙間。

 特大質量にサンドイッチされたウーマは、いまだ意識があることを自覚した。

 体を包み込む、そのやわらかな感触は、ケーキ。さっき幹部たちが作っていた。

 ケーキがクッションになって、致命傷を防いだのだった。

 それでもダメージは大きいものの、不思議と耐えがたい痛みはない。むしろ快感すらあった。

 それはケーキに突き立てられたロウソクの力。ドエィムのロウソク。

 つまりウーマの体にロウがかかって、体がドMになっているのだと、ウーマは理解した。


「負けたのか……ワシは……」


 ウーマは一人、つぶやく。

 意識はあっても、ダメージによって自身の体の魔力が霧散して、もはや戦う力はない自覚があった。


 つぶやきに、返事はない。

 ひとりぼっちの実感が、ウーマの胸に寒々と去来した。


 その寒さに、ふと差し込む、ぬくもり。


 それは愛の桃色オーラだった。

 月がまとって一緒に降ってきた桃色オーラの残滓が、まだこの場所に満ち満ちていた。

 その愛の奇跡の力が、周囲に残った次元の裂け目と混じり合う。

 奇跡の力と次元のひずみが、混じって新たな効果を生み出す。

 ほんの少しだけ、時間をゆがませる力。

 桃色の視界の向こうに、過去の映像が、映し出された。




 あの日。

 母の幼なじみだった、ウーマの見知らぬ男が現れて、そして父と母が死んだ日。

 その日の映像。血を流して倒れる、ウーマの父。


 父は、ぼうっとした目を、男とウーマに向けていた。

 命が失われつつあったが、まだそのとき、生きていた。

 男の凶行に対して、ウーマが自衛的に魔力を覚醒させ、無数の次元の裂け目と隕石が現れるのを、見ていた。


「ウーマ……ワシらの、大事な娘……」


 隕石が飛びかう。致死的なエネルギーの群れ。


「神様……いるのなら、神様、どうか……」


 隕石が、男を狙う。


「ワシらの娘を、人殺しにさせないでおくれ……

 そしてどうか、誰か……ワシらの代わりに……ウーマのもとに、愛してくれる人が、現れることを……」


 つぶやきは、空気に溶けて、隕石に触れた。

 それで、隕石の魔力は変質した。

 隕石に打たれた男は、しかし命は失わず、変質した魔力の効果で黒焦げアフロになった。

 隕石は飛びかい、次元の裂け目に飛び込んで、異世界へ……バカップルの元へ……




「ああ……あああ……!」


 ウーマは、涙を流した。

 両手を伸ばして、父の姿に触れようとした。

 映像を映した桃色オーラはゆらめいて、その手になんの感触も残さず、かき消えてしまった。


 その向こう、割れて砕けた月の間を抜けて、来る、バカップル。


「ウーマちゃん……!」


 アイリが、ウーマのもとへ飛びついて、ひしりと抱きしめた。

 アイリの体から桃色オーラが、どんどんとあふれて、ウーマを包んだ。

 アイリは涙を流しながら、強く強く、抱きしめた。


「わたしが、あなたのそばに、いるよ……!

 あなたの親の代わりには、なれないかもしれないけど……!

 わたしはっ、あなたと一緒にいたい! あなたにずっと、ありがとうって伝えたい!

 わたしは、あなたを、愛していたい……!」


 どんどんと、どんどんと、桃色オーラがあふれ出る。

 あたたかく。ウーマを包む。

 その感触は、懐かしいものだった。

 母のぬくもりと、同じ感触がした。


「うああっ……ああああ……!」


 涙でぼやけた視界の中で、ウーマには見えた。

 桃色オーラの中に、母の姿が映って、それがアイリの姿と重なっていた。

 泣きながら抱きしめるアイリに重なって、母の姿は、笑っていた。


「ああうっ……あああ、ああああ……!」


 その様子を、コイチローは離れて見ていた。


「……アイリは。僕がアイリを、最初に美しいと思ったのは。

 あの雨の日のことじゃない。もっと前。

 小児病棟で、子供たちと遊ぶ姿だった」


 いつくしむように、それでいて痛みをこらえるように、目を細めて、コイチローは言った。


「アイリの愛は。それが一番高まるのは。子供と接しているとき。

 アイリの一番大きな愛は、母性なんだ」


 ドエィムと戦ったときも。

 カミキレーと戦ったときも。

 アイリからあふれた愛の力は、彼女らに母を感じさせた。


 コイチローはうつむいて、ふっと笑った。


「ここまでが、きっと僕の役目なんだ。

 アイリを、アイリが持つ最大の、最高の愛まで導いた。

 それが僕の、バカップルの彼氏としての、役目だった」


 そうしてコイチローは、一歩下がりかけた。


 その背中が、押された気がした。


 つんのめって、コイチローは振り返った。

 一面に満ちた桃色オーラ、そこに映るのは、ウーマの父親の姿だった。


「待ってくれ」


 よろけたコイチローは、そのままアイリとウーマを抱きしめる形になった。

 ぬくもりが、コイチローの腕に伝わった。

 コイチローの腕に重なるように、ウーマの父の腕があった。

 その腕に寄り添われて、コイチローの腕は、ウーマをいとおしげに抱きしめた。

 ウーマの父の腕が、コイチローに、その感触を感じさせた。

 伝わるぬくもりは、父親が子をいとおしむ感触だった。


「それは、違うじゃないか。

 このぬくもりは、この幸福感は、僕が受け取っていいものじゃない」


 コイチローは首を振って、後ろを見た。

 ウーマの父は、笑っていた。


「僕は……!」


 ずっと、夢見ていた。そして、あきらめていた。

 あの入院生活の日。コイチローは、子供を作ることができない体だった。

 このぬくもりは、我が子を抱きしめるという感触は、自分には、縁のないものだと思っていた。


「こんな……こんなの……!

 僕が受け取って、いいものじゃ……」


「コイチロー」


 呼ばれて、コイチローは、前を向いた。

 正面に、アイリがいた。

 涙を流しながら、くしゃりと笑って、言った。


「受け取ろうよ。

 受け取って、受け取った分だけ、誰かに返そうよ。

 きっと、それでいいんだよ」


 コイチローは、返事に詰まった。

 その腕に、ぎゅっとつかまれる感触があった。

 目をやった。

 ウーマだった。

 ウーマが、コイチローの腕に、すがりついていた。


「ううううっ……うあああう……うえええん……!

 パパ……! ママ……! うわああああん……!」


 コイチローは、そのウーマの頭を、ふるえる手でなでて、それから、ぎゅっと抱きしめた。

 三人分の涙は、愛の桃色オーラの熱で、蒸発して、舞い上がっていった。


 桃色オーラは広がる。広く、大きく。

 今までで、一番大きくて、そしてあたたかい、愛のオーラだった。

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