第56話 愛と祝福と絶望と!暗黒の帝王ウーマシーカー!6

 次元の裂け目が開く。ひび割れる。

 感情を決めあぐねるような複雑な表情で、ウーマシーカーは叫んだ。


「じゃあ、何か!?

 ワシが生まれたのは、ワシがこの力を持ったのは、おまえたちのためだとでも言うのか!?」


「生まれた理由って必要!?」


 飛んでくる隕石を、桃色オーラが押し返した。


「あなたはこのために生まれたって誰かから言われたら、あなたはそれで満足する!?」


 アイリは叫んだ。デザイナーベビーとして生まれたアイリが。

 瞳に理知の光を宿しながら、桃色オーラは止まらない。


 アイリの隣で、コイチローはアイリを見て、わずかに目を見開いた。

 コイチローは今、何もしていない。イチャイチャしていない。

 アイリは一人で、桃色オーラを発し続けている。

 桃色に輝いて隕石をはねのけながら、アイリは声を発し続けた。


「わたしも、考えてた。なんのために生まれてきちゃったんだろうって。

 コイチローと出会って、バカップルになって、そう考えるのはやめるようにしてたけど、答えが出たわけじゃなかった。

 楽しかったし幸せだったけど、それでコイチローもわたしの苦難に巻き込んじゃって、だから出会えてよかったって思ってても、コイチローと出会うために生まれたんだとは思ってなくて……!」


 コイチローはアイリに向けた目を、細めた。

 悲しみではない。まぶしくて、きれいで、いとおしかった。

 バカップルになる前、アイリがバカップルの仮面で素顔を隠す前、コイチローが見そめたアイリの真の美しさをそこに見た。

 雨の日の姿ではない。もっと前。

 小児病棟の。


「今、決めた。

 あなたに呼ばれて、今あなたに向かい合って、あなたのためにできることがあるなら、わたしは」


 アイリのくちびるが、もつれた。

 理知の光を宿す瞳が、おびえるように細められて、濡れた。

 横のコイチローが、向かい合うウーマシーカーが、それを見つめた。

 愛のオーラと隕石がぶつかり合い、音とエネルギーが響き渡る中。

 アイリは視線にさらされながら、その目から涙をこぼして、強がるように笑ってみせた。


「わたしは、わたしとして生まれてきて、よかったって思うことにする」


 エネルギーの波が一瞬、わっと引いた。

 ぶつかり合う攻撃のリズムの、瞬間的に密度の薄くなる、かりそめの静寂の瞬間だった。

 ぐっと息を呑む呼吸の気配。

 それをしたコイチローとウーマシーカーの、その意味はそれぞれにまったく違った。


「……ふざ、けるな」


 ウーマシーカーは、髪が逆立つほどの激しい怒りを燃え立たせた。


「ワシの生まれを!! ワシたちの運命を!! パパとママの死を!!

 おまえの生きる理由づけになり下がらせるつもりかッ!!」


 周囲の空間全体がハチの巣のごとく裂け目に覆われ、逃げる隙間などない隕石の密度の暴力がバカップルに降り注いだ。

 激突。激突。降り注いではその上にさらに降り注ぎ、視界もまったく通らない。

 下がっていたツッコ(アフロ)が叫びを上げ、その声もエネルギーの余波にかき消されて聞こえなかった。


「――下がってきてよ!」


 その暴力の中心から届いた声は、切実な響きがあった。


 あふれる桃色のオーラが、隕石をすべてはねのけた。

 烈風のような余波に、ウーマシーカーは腕で顔をおおって表情をしかめた。

 エネルギーの中心。コイチローはアイリを背中から抱きしめていた。

 愛があふれる。コイチローからアイリへ向けた愛。

 その愛の桃色のオーラに包まれて、アイリは悲痛な声で叫んだ。


「分かるとは言わない。でも想像はできるよ。あんまりにも大きくてつらい悲しみで、人に言うことなんてできなかったんだと思う。一番仲のよかったドエィムちゃんにも言えないくらい。

 言えばよかったとも言わない。傷ついた人が勇気を出さなきゃいけないなんて、そんなひどいこと言わないし言われたくもない」


 つないだコイチローの手を、ぎゅっと握った。


「だから、わたしたちが迎えに行く。悲しみのてっぺんでひとりぼっちのあなたを、わたしたちが下ろしに行く」


 涙で濡れた目を、勇気を振り絞るように細めて。


「コイチローが、わたしにそうしてくれたみたいに」


 ――ああ、と。

 コイチローは、空いた手で目元をぬぐった。

 アイリの姿が、まぶしかった。

 そうしてぬぐった手をどけると、その目に向けてアイリの目が、不安そうに向けられた。


「できるかな、コイチロー」


「……。ああ。できるさ」


 コイチローは、一拍置いて、はっきりと答えた。

 アイリの体を抱き寄せて、見つめて、力強く宣言した。


「だって僕らは、バカップルだから」


 二人のアホ毛が絡む。ハートマークを形作る。

 アホ毛にたぐり寄せられるように、二人のくちびるが、重なった。


 そのときツッコ(アフロ)は、空を見上げた。


「太陽が……!」


 バカップルの愛の桃色オーラが、天高く伸びていた。

 それは地上の激戦など意に介さないように澄み渡った青空へと届き、太陽に触れた。

 太陽は怒った。そして嫉妬した。

 白昼堂々衆人環視の中でキスをかわすバカップルのイチャイチャっぷりに。

 その怒りのエネルギーが、ビームとなった。


「……!」


 ウーマシーカーは察知して、次元の裂け目を盾のように展開した。

 バカップルを狙った高エネルギー太陽光ビーム照射が、桃色オーラに屈折させられてウーマシーカーに激突した。

 ホワイトアウトする視界。あまりの高エネルギーに、城の床が、残っていたわずかな壁が、周囲の土地が、溶解しドロドロに変形して崩れていく。


「おわわ……! やべえやべえ、崩れる……!」


 城全体が、大地ごとかたむいていく。

 ツッコとトワは、ドエィムとシッツージを連れて巻き込まれないように足場を選んで飛び渡っていく。

 石造りの城を溶かすほどの高エネルギーを振り絞った太陽は疲弊し、急速に沈んでいった。

 空は夜空に。満月(今日は新月)が浮かぶ。

 大地はクレーターのようにくぼみ、溶け崩れた城の残骸がぽつんと中心にバトルフィールドのように残る。

 そしてエネルギー放射の爆心地となったウーマシーカーは。


「……!」


 ツッコ(アフロ)は、その姿を見た。

 コイチローとアイリも、まっすぐに見すえて身構えた。

 ウーマシーカー。ビーム攻撃をしのいで健在。

 次元の裂け目を足場に宙に立つ。まとっていた黒装束がところどころ破れ、華奢な肩や腕や太ももが露出している。

 その肌に、瞳に、一本角に、とがった耳に、真っ赤な魔力がほとばしってかげろうのようにゆらめき立つ。

 満月の夜空(今は昼間で新月)を背景に、赤く、その存在感を焼きつけていた。


「――下ろせるものなら、下ろしてみるがいい。ワシのこの、神に愛さ呪われた忌まわしい力を」


 バカップルを見下ろして、ウーマシーカーは――ウーマは、いどむように叫んだ。


「かかってくるがいい傲慢なる者よ!! ワシの存在をとくと知れ!!

 父はツノ族、ベターボ・レタイーミ!! 母はミミ族、アイシャ・レタイーミ!!

 二人の愛の結果生まれた愛さ呪われし子、ワシの名はウーマ・レタイーミ!!

 今ここに、その存在を刻みつけようぞッ!!」


――――――


・ラブバカ豆知識


もはや語ることはない。

ここから物語の結末まで、どうか見守っていただきたい。

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