第55話 愛と祝福と絶望と!暗黒の帝王ウーマシーカー!5

 あの日。


 血のにおいが立ちこめていて、目もくらむようだっだ。

 父と母の姿を踏み越え、その男は、幼い少女ウーマにこう言った。


「おまえは、存在自体が許されない。

 生まれてきちゃ、いけなかったんだ……!」


 男はこのとき、見誤っていた。

 ウーマはすでに、【神に愛されし者ラヴド】としての力が完全に目覚めていると。

 人並外れたその魔力が、実はいまだ片鱗でしかなく、武器を向けられた危機感で引き出された真の力が、それまでの力をすらはるかに凌駕りょうがするなど、思っていなかったのだ。


 空間が、次々と裂けた。まぶたが開くように、広がった。

 隕石が飛びかい、周囲を破壊しつくした。

 破壊し、次元が裂け、次々と隕石を吐き出し、別の裂け目に飛び込んだりもしながら、あたりをめちゃくちゃにした。


「……ワシは」


 混乱のさなか。

 ウーマは執事のシッツージを連れて、放浪した。


「ワシは、生まれてきちゃ、いけなかったのか?

 なんのために、ワシは生まれてきたんじゃ?」


 生まれてきた意味を、追い求めるseekように。




   ◆




 また魔力がほとばしり、空間が次々と裂けていった。

 ウーマシーカーは髪が逆立つほどの怒気で、コイチローをにらみつけた。


「何も、知らんくせに。なんでもない人間が、勝手なことを!

 どんな生まれでも後悔させないじゃと!? きれいごとですべてうまくいくとでも思っておるか!!」


「そのための力だ!!」


 ピアニストのように繊細なコイチローの指さばきが、アイリのツボを的確に刺激して愛を高めた。

 愛の快感により、アイリの体は出力全開のマッサージチェアのごとくぶるぶるとふるえ、その桃色の振動波が再度飛来してきた隕石を打ち砕いた。

 次元の裂け目がまた開く。桃色オーラの内側。こめかみのすぐ横。バカップルはアホ毛をからめて愛を高める。


「愛しかなかった僕たちが何かを成すためにもらったのが、この力だ。この世界の危機を救うための力だ」


 アイリは愛の発熱をする。

 ロシアンルーレットの銃口のごとく至近距離から放出された隕石は、そのわずかな距離を進むことなく愛の熱波に焼き消された。


「その力が、きみの心も救えなかったらウソだろう!!」


 叫びとともに桃色オーラ熱波が放出された。

 それはウーマシーカーに届くことなく、次元の裂け目にはばまれて飲み込まれた。


 ツッコは歯ぎしりをひとつした。

 いまだトワにしがみついて泣きじゃくる執事のシッツージに、ツッコは問いかけた。


「なあ、執事のおっさん。

 あんたいつからあの子の執事で、どんな気持ちで自由恋愛禁止軍団やるのを見てたんだよ」


 シッツージは泣きながら答えた。


「わたくしめは、ウーマお嬢様の幼いころから家に仕えてきた執事でシッツージ……!

 力も血縁もないただの執事のわたくしめには、ウーマお嬢様がみずから進むのをただ支えるだけしか、できなかったのでシッツージ……!」


「なんだよ、そりゃ……!」


 強く毒づいた。

 飛びかう幾百の隕石、そのうち自分に向かってきたものを槍ではじきそらして、ツッコは怒鳴った。


「力がなきゃ何もできねーのか!? 血のつながりがなきゃ何をする権利もねーのか!? 本人が進むんなら、間違ってようと何しようとただ支えてりゃいいのかよ!?

 ふざけんな、なんのためにそばにいるんだ、なんのためにそばにいようと思ったんだ……!!」


「ツッコ……!」


 トワの制止の声も聞かず、ツッコは飛び出した。

 隕石が飛びかう。次元の裂け目が次々と開く。桃色オーラが相殺していく、その手が一歩、二歩足りない。

 コイチローとアイリ、それにへたり込むドエィムに迫る隕石の前へ、ツッコは身を割り込ませた。


「ぐわぁぁァーッ!!」


「ツッコ!?」


 隕石のひとつは叩き落としたものの、続く二発目にツッコは打たれ、全身真っ黒こげの頭はアフロになって煙を吐いた。

 ふらついたツッコを、トワが駆け寄って支えた。


「ツッコ、また約束を破った……勝手にケガしないでって、言ったのに……」


「悪い……でも叩き落とした感覚で、一発二発食らっても耐えられるって感じたから……」


 ツッコは支えられながらも両足で踏ん張って、声を漏らした。


「イヤなんだよ、俺は……! ただ見てるだけなんて、イヤなんだ……!

 力がなくても、縁がなくても、誰かを助けることを、あきらめたくねぇよ……!!」


 トワは口をつぐんで、ツッコを引きずって下がらせた。

 ウーマシーカーは待ちはしない。次元の裂け目を、隕石を、幾重いくえにも幾重にも繰り出し続ける。

 コイチローは対応する。イチャイチャを続けて桃色オーラを呼び出し、隕石を押しのける。

 そして攻撃の間隙、次の行動に備えて、アイリに目を向けた。


 アイリ。瞳に理知の光を宿している。

 知性をうかがわせる表情で、つぶやく。


「わたしたちは……元の世界、どうしようもなく行き詰まった中で、死んで転生して、この世界に来た」


 アイリの視線が、ぐるりと動いた。

 ツッコにはじかれて床に落ち、しゅーしゅーと煙を上げる隕石。

 黒こげアフロになったツッコ。


「あの夜」


 アイリは思い出していた。

 あの夜。二人が死んだ夜。

 あの夜に落ちてきたものは。

 あのときの二人の姿は。


「隕石が落ちてきて……わたしとコイチローは、黒こげのアフロになって……!」


 そのときの姿は。

 今のツッコの姿と、よく似ていた。


 視線を動かす。

 今、目の前を飛びかうもの。

 次元の裂け目から来る隕石。次元を超える。


「あなたなの?」


 アイリの目が、ウーマシーカーを向いた。

 ウーマシーカーは張り詰めた顔で見返した。

 アイリは表情をゆがめて、身を乗り出すように体を前にかたむけて、ウーマシーカーに向けて、叫んだ。


「この世界にわたしたちを呼んだのは!

 どうしようもなかったあの場所からわたしたちを救い出したのは!

 あなたなんじゃないの、ウーマシーカー……!」


 ウーマシーカーの顔が、怒りとも憎しみとも絶望ともつかない表情に染まり、ゆがめられた。


――――――


・ラブバカ豆知識


物語の終わりが、近づいている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る