第54話 愛と祝福と絶望と!暗黒の帝王ウーマシーカー!4

 見上げれば青空。その下で面々は、沈黙。

 ウーマシーカーから漏れ出る魔力の余波が、周囲の空間をぴきり、ぴきりとひび割れさせ、次元の裂け目を形成する。

 そして沈黙を破る口火を、ツッコが切った。


「おかしいだろ……なんでそれが、自由恋愛禁止をうたうんだ……?

 種族を超えた恋愛で生まれたヤツが、なんで自由恋愛禁止軍団のボスなんてやってんだよ!?」


「種族を超えた恋愛で生まれてしまったからじゃ」


 ウーマシーカーは淡々と語る。


「敵対していた種族間での結婚じゃ。それを希望と思う者もおれば、憎々しい目で見る者もおろうな。

 もっとも、それで生まれたのが普通の子であったなら、その感情があそこまで激化することもなかったのじゃろうがのう」


 ウーマシーカーの言葉に、コイチローやツッコはいぶかしげな顔をした。

 その間にもコイチローはアイリへのイチャイチャをおこたらず、ドクドクと流れるアイリの鼻血が空間の裂け目を埋めて押し返している。

 トワが、わずかにこわばった声色でつぶやいた。


「【神に愛されし者ラヴド】……」


 ツッコがはっとした顔で、トワの方を振り返った。

 コイチロー(アイリなでなで中)は解説を求めるように、ツッコを見た。

 ツッコはなかば独り言のように、考えつぶやいた。


「【神に愛されし者ラヴド】……他の人間とは隔絶した、めちゃくちゃ強い力を持って生まれる人間……

 そうなって生まれる原因は分かってなくて……おい待て……いや待て待て待て、まさか……!」


 ツッコはウーマシーカーに顔を向けた。

 ウーマシーカーは表情を変えずに、淡々と言った。


「【神に愛されし者ラヴド】として生まれたワシを見て、思った人間は少なくなかったようじゃの。

 ……『混血の子は、【神に愛されし者ラヴド】の発生率が高まるのではないか?』とな」


 冷めていたウーマシーカーの表情が、そこでゆがんだ。

 ぴしり、また空間がひび割れる。


「混乱が起きた。種族を超えた交流は、自由恋愛の波は広まりつつあって、もはや止められん。

 そのうえで【神に愛されし者ラヴド】まで増えるとしたら、世界はいったい、どうなってしまうのじゃろうと。

 それで、危機感を持った人間がいて、争いが起きて……父と母が死んで、ワシも殺されかけた。

 ……そのときが初対面じゃったが、ワシを殺そうとしたのは、母の幼なじみだったそうじゃ」


 むせび泣く声が聞こえた。

 トワにしがみついたままの、執事のシッツージの泣き声だった。

 ツッコは歯噛みして、拒否するように首を振った。


「わっかんねえよ……分かんねえ……!

 だからって、自由恋愛を否定するのは違うだろ……!

 【神に愛されし者ラヴド】が増えるからなんだってんだよ!! 【神に愛されし者ラヴド】が生きづらい世界なのが悪いんだろ!! 増えたっていいだろーが【神に愛されし者ラヴド】だって!!

 それでやってける世界にした方が、よっぽど……」


「ツッコ」


 かけられた声に、ツッコは顔を向けた。

 コイチローだった。


「違うんだ」


 コイチローは顔を床に向けたまま、こわばった腕でアイリを抱き寄せて(桃色オーラ二割増量)、言った。


「混血が【神に愛されし者ラヴド】の発生率を高めるかもしれない。それも確かに問題なんだろうけど。

 もし……自由恋愛が進んで、異種族での結婚が増えて、混血が増えて……それで、もしも【神に愛されし者ラヴド】が、増えてなかったら。

 混血が【神に愛されし者ラヴド】の発生率に、影響しないとなったら」


 ぴしり。また空間がひび割れる。

 それに呼応するように、ウーマシーカーはぐしゃりと表情をゆがめて、声を吐き出した。


「そのときは、じゃあ、パパとママは、なんで死んだんじゃ?」


 その小さな体躯を見上げさせて、コイチローたちに叫んだ。


「ワシが【神に愛されし者ラヴド】なせいで、パパとママは死んだのか!?」


 空間に走る次元の裂け目が一斉に開いて、涙をこぼすがごとく隕石の群れが降り注いだ。

 すでに高めておいた桃色オーラとぶつかり、相殺される。エネルギーの余波だけが嵐のように吹き荒れ、すぐに鎮静した。

 その静けさの中で、ウーマシーカーはまた表情を冷めさせて、呼びかけた。


「なあ、


 ずっと青ざめた顔で聞いていた、ドエィムに。


「おまえさんはツノ族で、ミミ族の人たちと仲良くなって、それで……今さっき、ワシになんと言ったかのう?」


 氷のような目を向けて。


「ハッピー……なんじゃったかの?」


「あ、う、あ……」


 ドエィムはへたり込んだ。

 青ざめて、ふるえて、ウーマシーカーから視線をそらすこともできず、息が詰まるように口を空回りさせた。


「何がめでたい?」


 ウーマシーカーは、問い詰めた。


「このワシの、いったい何がおめでとうだと――」


「お誕生日おめでとう、ウーマシーカー」


 割り込まれた声に、全員が目を向けた。

 コイチロー。

 静かな、けれど決然とした表情で、コイチローは告げた。


「それでも、僕は祝うよ。きみが生まれたこと」


 ほんの少しこわばったコイチローの手が、アイリを抱き寄せた。

 アイリは見上げた。コイチローの横顔を。はっきりと、宣言するさまを。


「どんな生まれだとしても、僕は絶対に、後悔なんてさせない」


 デザイナーベビーとして生まれたアイリの見つめるすぐそばで、宣言した。


――――――


・ラブバカ豆知識


この宣言によるときめきで、アイリの桃色オーラが十割増した。

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