第49話 握れ種族の壁を超えて!寿司職人ツマゴ!6

 理解できないという表情で、ツマゴは目の前のヤサイ族に尋ねた。


「ダイコ、どうしてここに? ここはヤサイ族の村ですが、おまえの出身はここじゃなかったでしょう。

 それに、その姿、いったい……」


 ツッコもその姿を見て、初見でも異常が分かった。

 寿司職人ツマゴの妻・ダイコは、ダイコン人間。彼の語りの中でも、白い肌と言っていた。

 だが、この場に出現したヤサイ族の女性は。

 黄色くてしわの入った、その姿は――!


 コイチローが女性に近づいた。


「ペロッ、これはたくあん!」


「他人様の肌にペロッしてんじゃねーよコイチロー!?」


「コイチローひどいよー! わたしがいながら他の女の人にペロッするなんてー!」


「はっはっは、ごめんねアイリ。じゃあおわびに、ペロッペロッ」


「あんっコイチロー♡」


「よそでやってくれねーかな!?」


 ダイコン人間、あらためタクアン人間となったダイコは、ツマゴへと歩を進めた。


「不思議な光にあなたの存在を感じて、引き寄せられてきましたダイコン。

 ツマゴ、私は寿司職人となったあなたに寄り添い続けるために、この体を干して漬け込んでたくあんにしましたダイコン」


「寄り添うって……何を……」


 ダイコはうるんだ、しかし芯のある瞳を向けて、言った。


「ツマゴ。お寿司は、握り寿司だけじゃないでしょうダイコン」


 ツマゴははっとして、つぶやいた。


「……お新香巻き」


 それは、細巻きの一種。

 中心の具材にたくあんを使う、巻き寿司。


 ダイコはツマゴに手を触れ、しなだれかかり、懇願した。


「ツマゴ……私を、寿司にしてくださいダイコン」


「そのために、ダイコ……自慢の白い肌を、黄色くしわしわにしてまで……」


 とまどうツマゴを見上げるダイコの目は、決然としていた。


「私は、あなたの妻ですからダイコン」


 ツマゴはその顔と向き合い、やがて決意を込めた表情をして、うなずいた。


「……分かりました。『巻き』ましょう」


 調理台に、道具と材料を並べる。

 巻き。海苔。酢飯。

 そして。


「ダイコ……いいですか」


「ええ……もちろんですよダイコン……来て……」


 うなずくダイコ。

 ツマゴもうなずき返して、そして、刺し入れる。包丁。


「んッ……」


「痛みますか、ダイコ」


 ダイコは首を振って、うるんだ目を向けた。


「いいえ。うれしいんですダイコン。あなたを感じられて。

 あなたに包丁を入れられる感覚に、あなたの技術を、あなたの人生を感じられて、あなたに寄り添っているんだと、実感できるんですダイコン」


 見つめるダイコを、ツマゴも見つめ返して、そしてゆるやかにほほ笑んだ。


 切り出す。

 適切な大きさに、切り分ける。手で持てばくったりとして、けれど適度な硬さと水分量の、たくあん。

 ツマゴはそのひと切れを口に運び、噛んだ。ぱりり、音がする。

 ダイコは不安げに尋ねた。


「どう、ですか、ダイコン……?

 たくあんになるのは、私、初めてですから。きちんと、できていますかダイコン……?」


 ツマゴはしばらく噛みしめて、それから不意に、小さくうなずいた。


「十分です。いえ、見事な出来です。

 漬かり具合も適切ですし、風味と塩味、甘味のバランスもいい。

 これなら、作れますよ。最高の、お新香巻き」


 巻いていく。

 巻き簾に海苔、酢飯を乗せ、たくあんを芯に入れる。

 しっかりと巻き固める。できた細巻きを、切り分ける。


「……できました」


 断面を美しく見せて、並べる。お新香巻き。

 大トロの横に。

 それに対して一歩前に出たのは、理知の光を瞳に宿した、アイリ。

 わずかに案じるような表情を向けたコイチローに対して、アイリはふんわりと笑いかけて、そして寿司に向き直った。


「いただきます」


 まずは、大トロを。口に入れる。噛む。

 味わう。

 舌の上に感じる脂。ほろりとほぐれる酢飯。

 体温とともに溶け広がる脂は、そのコクとマグロの旨味を芳醇に口内にゆきわたらせる。

 噛むごとに、唾液と混じるごとに、ネタと酢飯が渾然一体となるごとに、旨味は姿を変えて立体的に立ち上がる。


「……おいしい、お寿司。

 セレブの娘として、高級店の味は覚えさせられたけど、そのどれとも引けを取らない、確かに最高級のお寿司」


 静かに、賞賛する。

 そして、次を手に取る。お新香巻き。食べる。

 ぱり、ぱり。小気味良い音を立てる。たくあんの歯応え。

 握り寿司とは違い、しっかりと固められた酢飯。それでもたくあんとの硬さの差が、噛み応えにグラデーションを生じさせ、多層的な食感を生じる。

 たくあんから染み出す塩味が酢飯の風味と混じり合い、それを押し上げるようにたくあんの甘味と香りがあふれ出す。

 総じて、その評価は。


「……おいしい。

 大トロとはまた違う、けれどこれもまた、確かな技術を感じる珠玉の一品」


 表情をほころばせて、アイリはツマゴに顔を向けた。


「最高のお寿司です。握り寿司も巻き寿司も。

 ツマゴさん。あなたは『握り』にこだわらなくても、最高の寿司職人です」


 その言葉を、ツマゴは神妙に聞き、頭を下げた。

 その隣に、ダイコは寄り添う。

 やがてツマゴは顔を上げて、ダイコに顔を向けて、尋ねた。


「ダイコ。自分勝手にあなたを捨てたぼくですが、もう一度一緒に、やり直させてくれませんか」


「ええ。もちろんですダイコン。

 私はあなたの妻として、ずっと支えますよダイコン」


 二人は寄り添い、たたずんだ。


 一連の流れを見ていたツッコは、ツッコんだ。


「……俺ら、何を見せられたんだ?」


「寿司……を作って……食べる……ところ?」


 隣でトワが、疑問形で答えた。


――――――


・ラブバカ豆知識


エンダイブは、チコリーの類縁であるキク科の野菜。

独特の苦味があり、サラダなどにして食される。

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