握れ種族の壁を超えて!寿司職人ツマゴ!

第44話 握れ種族の壁を超えて!寿司職人ツマゴ!1

 夜の静けさが、狭い室内にも染み入るようだった。


 小さな宿屋の一室。機工都市アカイイートーから西の山脈(なんかすごく強そうなオーラで平坦化したのちラブラブパワーで再構築されてめっちゃ歩きやすくなった)を越えて、その先の村。

 アイシテルノサ大陸に暮らす種族のひとつ、ヤサイ族の村である。


 光源は、ランプの灯りがひとつだけ。

 そのささやかな光に照らされて、この狭い部屋のさらにすみっこで、二人の人影が寄り添うように座る。


 王国兵士、ツッコ。

 純白騎士、トワ。


 トワはためらいがちに、ツッコの肩に頭を置いた。


「私……間違えてたのかな……」


トワの肩を、ツッコはほんのりと緊張した手つきで、抱き寄せた。


「俺も、おまえも、ちょっとずつ間違えてたんだと思う。

 もうちょっとお互い、話したりすればよかったんだよな。

 けどこれから、やり直せる。やり直せるくらいの間違いで、よかった」


 緊張でこわばった手を、そのまま力を込めて、強く抱きしめた。


「そばにいてくれ、トワ。俺のそばに。これからずっと。

 おまえの心配も、不安も、全部俺にぶつけてくれ。

 力で追いつけなくても、気持ちは全部受け止めて、寄り添わせてくれ」


 ぎゅうっと、ふるえるように抱きしめた。


「お願いだから……一人で、苦しまないでくれ」


 抱きしめられながら、トワは首を動かして、ツッコを見上げた。


「ツッコも……一人で頑張って……勝手にケガしたり、しないで」


 ツッコはトワの顔を、見下ろした。

 それから歯を見せて、破顔した。


「はは。努力する。

 ……ああ、なんか。俺たち、似た者同士だったのかもな」


「似た者同士……だったら……」


 トワはツッコの顔を見つめて、心なしかうるんだ瞳を向けて、くちびるを動かした。


「今、したいと思うことも……似てるの、かな……?」


 ツッコは、その顔を、そのくちびるを、見下ろした。


 ランプの光が、穏やかに揺れる。

 伸びた二人の影が、重なった。


 トワは顔をそむけて、口を手で隠して、白い肌を耳まで赤くして、しどろもどろに言った。


「その……慣れてなくて……というか、初めてで……だから、あの……」


「いや俺も初めてだけどさ……まあ、なんつーか……思った以上に、いいもんだな」


「うん……あの、ツッコ……レモンの味とか、した……?」


「生クリームの味がした」


「あぅ……ごめん……」


 縮こまったトワの頭を、ツッコは笑ってくしゃりとなでた。


「トワらしいよ。

 ……ああ。トワがいるって感じがする。実感する。

 行方不明になってたトワが、戻ってきたんだ」


 腕を回して、背中から抱き寄せるようにして、銀の髪に顔をうずめて、ツッコは言った。


「おかえり、トワ」


 回された腕に顔をうずめるようにして、密着して、トワは答えた。


「うん。ただいま。ツッコ」


 夜は静かに、ふけてゆく。

 ひたすらに静かだった。

 窓の外は、星明かりちらつく暗闇。

 そしてベールのように、桃色のオーラが、薄く降りていた。




 宿屋の、屋根の上。月はないが星のきれいな夜空の背景。

 バカップルのコイチローとアイリは、二人抱き合い、口づけをかわしていた。

 組み合わさってハートマークを形作るアホ毛。しっとりと降りる桃色オーラが、宿屋を包み込む。

 守るように。


 くちびるをゆっくりと離し、コイチローは視線を向けないまま、背後へと言った。


「せっかくの再会に水を差すのは、無粋だと思わないかな」


 背後、屋根に立つ者。

 白い職人着をまとい、柔和な笑みを浮かべる男性。

 ただようのは、酢飯の香り。


 男性は柔和な笑みを崩さないまま、言った。


「困るんですよねぇ、うちの幹部をポンポン倒したり引き抜かれたりするとですねぇ。

 崇高な目的の妨害ですし、何よりウーマシーカーさんが心を痛めていましてねぇ」


 コイチローは振り向き、アイリを背に隠すようにして、男性と向かい合った。

 男性は慇懃いんぎんに頭を下げた。


「ああすみません、名乗るのが遅れてしまいましたねぇ。

 ぼくはですねぇ、ツマゴといいます。

 自由恋愛絶対禁止暗黒幹部の一人、寿司職人――」


 顔を上げ、貼りついたように柔和の笑みのまま、男性は言った。


「――ツマゴ・ロッシといいます」


――――――


・ラブバカ豆知識


アイシテルノサ大陸の東に位置する大国・アイラッビュ王国の、さらに東端。

カオスのるつぼのごとく荒れ狂いながらも豊かな海産資源をもたらす東の海に面した都市「凝海都市ぎょうかいとしザギン」、そこに伝わる伝統料理が寿司である。

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