第43話 愛は力の差を超えて!暗黒騎士ホーン!6

 畏怖によって砕けたきめ細かな砂だけが広がる、真っ平らな大地。

 風がわびしく吹き抜ける。

 バカップルの彼女アイリは、知らず体をこわばらせながら、バカップルの彼氏コイチローに寄り添う。

 コイチローはアイリの肩を、ぎゅっと抱き寄せた。


「怖いかい、アイリ」


 アイリは胸に身を預けながら、うなずいた。

 その視線の先には、戦う二人。

 コイチローもそちらを見続けながら、断言した。


「大丈夫。僕がしっかり見てる。

 僕たちのラブラブパワーなら、ツッコが本当に危険なときに割り込めるよ」


「……違うの」


 コイチローはツッコへの意識を残しながら、アイリを見た。

 アイリはツッコたちを見つめながら、ふるえた。


「あの二人を見てて、心がぐちゃぐちゃになるの。

 コイチローだけがふるわせてくれたこの心が、コイチロー以外にふるえるのが、怖い」


 コイチローは、ほんの少し、口を半開きにした。

 それから口を引き結んで、アイリをしっかりと抱きしめた。


「……いいことだと思うよ。僕一人に依存するより、ずっと。

 だから、そんな二人のために、いつでもラブラブパワーを発揮できるように備えようね」


「あんっ♡」


 愛の桃色オーラが高まった。(画像省略)




 戦う二人、王国兵士ツッコと暗黒騎士ホーン。


「好きにならなきゃよかったって思ったこと、俺もあるぜ」


 ツッコが言い放った言葉に、ホーンが動揺を見せた。

 その隙にツッコの槍が切り込み、ホーンはいなし、ツッコは怒鳴った。


「けどなぁ!! 好きになっちまったもんはしょうがねぇだろ!!

 それでうまくいかなくて苦しいんなら、頑張ってなんとかするしかねぇだろ!!

 違うか!?」


「頑張ってなんとかなるならッ!!」


 ホーンの魔力が膨れ上がり、爆発するように砂塵を巻き上げた。

 ツッコはひるんだ。恐怖はない。「なんかすごく強そうなオーラ」の影響は受けていない。ただ魔力量による圧力が、尋常ではなかった。


「頑張って変えられるなら、苦労なんてしない……!

 生まれ持ってしまったこの、人とは違う並外れた力を、どう頑張ったら変えられる……!」


 ツッコは空を見上げた。

 天変地異のような黒々とした魔力が、渦を巻いて空へと昇り、景色を暗く赤く染め上げるようだった。

 実際、暗く赤くなった。


「ヒィィィこんな怖い人を見下ろす位置にいて申し訳ないタイヨウ〜〜!!

 今すぐ沈んで頭を低くしますタイヨウ〜〜!!」


 太陽が急激に落下し、日没(夕方ではない)になってゆく。

 西日(夕方ではない)に照らされながら、ホーンは叩きつけるように剣を振り回した。


「無駄な努力をしてなんになるッ!! 私も!! あなたもッ!!

 どうあがいたって埋まらない力の差を、この絶望を!! どう努力すれば変えられるッ!!」


 怒涛のような斬撃を、ツッコはしゃにむに防ぎ切り、叫んだ。


「それが絶望だって、口に出したか!? 誰かに『助けて』って、おまえは自分で言ったのか!?

 勝手に絶望してあきらめようとしてんじゃねー、もっともっと!! 頼れよ!! 吐き出してくれよ『つらい』って!!」


「それを言って、なんになる!!

 どうしようもない苦しみを吐き出して、私にも私以外にもどうしようもない心配をさせるくらいなら――」


 ホーンは剣を振り上げた。

 魔力が渦巻く。黒く。ドラゴンの形を作る。

 それは災害級ドラゴンに触れ、変質した、畏怖のエネルギーそのもの。

 その威圧感はツッコには効果をおよぼさないが、高エネルギーそのものが常人には致死的な極大出力の顕現。

 兵士十人がかりの戦闘力を持つドラゴンそのものが具現化したような、力の塊だった。


「――ただ黙って、一人で絶望していた方が、よかった!!」


 コイチローが動いた。

 割り込む必要があると判断。ラブラブパワー最大限でようやく受け止め切れるか。

 剣が振り下ろされようとする。コンマ秒以下の瞬間。亜光速イチャイチャ。スピードと桃色オーラがモザイクの役目を果たし、人に見せられないようなイチャイチャっぷりを発揮して破滅的出力ラブラブダッシュを発動し、割り込まんとする。


 それより早く、一瞬のひるみも迷いもなく、ツッコは、前に出ていた。


「――災害級ドラゴンとも戦えるような人間にとっちゃ、違いなんて分かんねーのかもしれねぇけどさ」


 剣が振り下ろされるより早く、ツッコの槍が、暗黒騎士の兜に直撃した。


「俺はさ。一般兵士が十人がかりの普通のドラゴンくらいなら、一人で倒せるくらいには、強くなったんだぜ」


 コイチローすらも、予想していなかった捨て身の突撃だった。


 兜が割れた。

 素顔が、銀色の長い髪が、驚きの表情とともにさらされた。

 さらりと流れる銀髪。純白の肌。薄いくちびる。そしてその端に、ほくろ。


 ツッコは雄叫びを上げた。


「聞け!! 俺の名はツッコ!! ツッコ・ミヤーク!!

 俺の武勇をあだ名して、王国兵士の間ではこう呼ばれてる!!

 アイラッビュ王国の突撃隊長!! ツッコ・ミヤークだ!!」


 そしてツッコは、暗黒騎士を――純白騎士を、抱きしめた。


「まだ全然、足りねーかもしれないけど。

 力の差に、絶望なんてしなくていいんだ――トワ」


 装備の暗黒の色合いが、ゆがんだ魔力とともに霧散していく。

 暗黒騎士ホーン・トワ・イ・イヒト――改め、純白騎士トワ・イ・ライト。


 トワを抱きしめて、ツッコは静かに告げた。


「それで、さ。

 好きだ。トワ」


 抱きしめられて、トワは感情が追いつかないようにぱくぱくと口を開けて、やがてじわりと、涙が出た。


「私も。好き。ツッコ」


 トワはツッコの腕に抱かれ、泣きじゃくった。

 バカップルの二人は距離を置いて、二人を静かに見守った。

 二人の姿を、黄昏たそがれ時の赤い日差しが、ただ照らしていた。

(夕方ではない)


――――――


・ラブバカ豆知識


このとき不発に終わった超出力ラブラブパワーの余剰エネルギーが、荒れた大地を桃色に包み込み、土地を癒した。

愛の高鳴りにより地面が隆起し、山が再生し、植物が芽生え、荒廃前をはるかに上回る豊かな土地となった。

のちにこの土地の豊かさが世界的食糧危機を救ったりするのだが、それはまた、別の話。

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