第42話 愛は力の差を超えて!暗黒騎士ホーン!5

 純白騎士トワの名は、アイラッビュ王国王都の内外に知られていった。

 通常の兵士十人がかりの強さを持つドラゴンをも歯牙にもかけぬその強さ。白銀に輝くその可憐な美しさ。あと自分の体格より大量の生クリームを平らげるその食べっぷり。


 華々しくほめたたえられる言葉を、トワは喜ばなかった。

 むしろそれはトワにとって、呪いだった。

 王都に来てなお隔絶したその強さを目で見て、耳で聞くたび、ツッコは張り切り、追いつこうと奮起した。

 ツッコの傷が、増えた。

 あと生クリームのこと言われるのは普通に恥ずかしかった。


 トワは悩んだ。

 トワが活躍すればするほど、ツッコは張り切りすぎてしまう。トワのせいで、傷が増えてしまう。

 ツッコを守りたかった。ツッコに傷ついてほしくなかった。

 けれどずっとツッコについていることもできない。それぞれに仕事もあるし、ツッコだけ気にかけて他の兵士のことをないがしろにするのは、あまりにも心象がよくない。

 何より、ツッコ本人が、トワに守られるのをよしとしないだろう。

 そういう性格だと、トワには分かっていた。




「モンスター退治さぁ、オレらがやる必要なくねーか?」


「下手にオレらが出るより、トワ一人で済ませた方が早いし余計なケガもしないんだよなぁ」


 何気なく兵士の誰かが発したそんな言葉が、トワの耳にも届いた。

 気を悪くすることはなかった。むしろそれは、トワにとって天啓だった。

 ツッコ一人を守れないなら、兵士全員を守ればいい。みんなの仕事をすべてトワが引き受けて、ツッコの仕事をなくしてしまえば、ツッコがケガをすることもない。

 それをやれるだけの力があった。兵士十人がかりのドラゴンだって、トワにはなんの障害にもならなかった。

 だからみんなの仕事を、どんどん肩代わりした。


 そして災害級ドラゴン、暗黒竜ホーンドラゴンと遭遇した。




   ◆




 膨大な魔力の奔流が渦を巻き、平らにならされた荒野の砂粒にいたるまでを恐怖にふるわせた。


「ヒィィィおっかないスナツブ〜! 怖くてふるえて砕け散ってサラサラのきめ細やかな砂になっちゃうスナツブ〜!」


「はは! 靴にも逃げられちまったからな、砂が細かい方が足の裏がチクチクしなくて助かるぜ!」


 その魔力を切り裂くように、ツッコ(パンツ一丁)は槍を繰り出した。

 暗黒騎士ホーンはいなす。剣で反撃する。ツッコの肌に浅く傷が走る。

 ホーンは怒鳴った。


「誰が、誰を守るだと……!

 そんなに弱いのに……! 頑張れば頑張るほど、どんどん傷ついていく身で……!」


「俺がッ!! トワの心を!! 守りたかったって言ってんだよ!!」


 あえて完全にかわしきらずに肌に傷を作りながら、その分だけ攻撃の体勢をキープして、ツッコはまた槍を突き出した。

 ホーンによけられながら、ツッコは叫んだ。


「俺が体に傷を負うより、もっと、もっと!!

 トワの心はきっと痛んでた!! 傷ついてた!!

 俺はそれを、支えたかったんだ!!」


 ホーンはもはや、兜では感情を隠せていなかった。


「その傲慢が!! 無駄な努力が!! あなたが頑張って傷つくことが!!

 それこそがその心を傷つけていると思わなかったの……!!」


 剣がほとんど力任せに振られた。

 ツッコは槍の中腹で受けた。魔力の余波が腕をしびれさせ、体を後退させた。


「だから、自由恋愛禁止軍団か……?」


 ひざが崩れそうになるのを、ツッコはこらえた。


「自由恋愛禁止軍団は、おまえの傷をいやしてくれたのか?」


「……少なくとも」


 ホーンの脳裏に、出会いの言葉が反芻はんすうされる。

 暗黒竜ホーンドラゴンを下した後。激しい戦いに自身も傷つき、愛用の剣もこげて刃こぼれして使えなくなった。

 暗黒竜の残存した魔力が、消耗した体に浸透し、魔力を変質させ、装備を黒く染め上げていった。

 そんな中で、現れた。暗黒の帝王。黒いずきんに、赤い一本角の幼女。


――生きづらかったじゃろう? 強い力に生まれて。【神に愛されし者ラヴド】に生まれて。

――ワシもそうじゃ。ワシも、ウーマシーカーも、【神に愛されし者ラヴド】じゃ。

――ワシも……こんな力を持って、生まれなければよかったと、思ったんじゃ。


 ホーンは剣を構え直した。

 暗黒竜の肉体が変質してできた、畏怖のオーラを高める剣。


「自由恋愛禁止軍団の行動は……私の傷を、これ以上深くしないために必要だった……」


「罪のない人間を傷つけて抑圧することがか!?」


「違うッ!!」


 振られた剣の圧力で、ツッコは砂の上を滑り後退した。

 ホーンはギリギリと、剣を握りしめた。


「自由恋愛の心を、否定することがだ……!」


 あの日。暗黒の帝王ウーマシーカーに、彼女はこう答えた。


――生きづらいのは、力が強いことじゃない……

――彼が私を、特別な存在だと思ってくれるから……

――私が彼を、特別な存在だと思ってしまっているから……!


 暗黒騎士ホーンは、泣きじゃくるように叫んだ。


「もしも恋なんてしなければ!!

 こんなにも、苦しい思いをすることなんて、なかったのに……!!」


――――――


・ラブバカ豆知識


神に愛されし者ラヴド】が生まれる条件は分かっていない。

血縁などは関係なく、どの種族でも突然変異的に生まれるらしいことが知られている。

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