第41話 愛は力の差を超えて!暗黒騎士ホーン!4

 暗黒騎士ホーンは、感情を押し殺して答えた。


「私には、そのトワという人間のことは分からない……けれど想像することはできる……

 あなたのしたことは、トワにとって……」


 言いかけて、ホーンの言葉は止まった。

 ツッコは歯をむくように笑った。


「どうした? はっきり言ってくれていいんだぜ。

 トワにとって、俺の行動は間違ってたか? 迷惑だったか?」


 じり、と、ツッコの素足が荒廃した大地を踏みしめて前に出る。

 膨大な魔力の圧力にあらがうように、距離を詰めながら、ツッコは怒鳴った。


「なあ!! 答えてくれよホーンさんよ!!

 俺はトワを、不幸にしちまっただけなのか!?」


「トワという人間はッ!!」


 唐突に、ホーンは怒鳴って、こぶしをツッコに振りかざした。

 こぶしを。剣は投げ捨てた。

 けれどホーンの魔力では、こぶしひとつでも並のドラゴンなら殴り倒せる破壊兵器だ。

 ツッコはギリギリかわし、そうする間にもホーンは叫び続けた。


「ツッコ……! あなたの行動は……! あなたの存在は……!」


 迷惑だった。邪魔だった。不幸だった。

 そんな言葉を、ホーンは言おうとした。

 どれだけ言おうとしても、それらの言葉は出てこなかった。


 ツッコは見た。

 表情の見えない漆黒の兜。その隙間から、水が流れ出していた。


「……なみだ、か?」


 それに気を取られて、ホーンのまっすぐ突き出したこぶしを、かわしそこねた。


「……!!」


 こぶしがツッコの胸に入ったことに、ホーン自身が動揺した。

 動揺により、こぶしの勢いがぶれ、それでツッコの受け身が間に合った。

 衝撃が分散されて肋骨と内臓を破壊されることはまぬがれ、しかし勢いに押されてツッコの体はロケットのように飛んだ。

 この勢いで地面にぶつかれば、パンツ一丁の素肌がズタズタになる。

 そしてそうはならず、ツッコの体は、ハート状にふくらんだ桃色ラブラブ空気層に受け止められた。


「ねぇねぇコイチローっ、すっごく強そうで怖い人がいるよ!

 わたし怖くてぶるぶるふるえちゃうけど、コイチローは平気なの?」


「はっはっはアイリ、このくらい僕にとって恐怖でもなんでもないよ。

 だってアイリ、きみという最愛の存在といられる、それがあんまり幸せすぎて怖いから、ほかのなんにも怖いなんて思わないのさ」


「コイチローっ♡♡♡ そうだよねっわたしたちの愛は幸せ満載過積載で恐怖ぶるぶるのてらてらテラーだよねっ♡♡♡

 ふくらむ愛のボリューミーに比べたらどんな恐怖もぺらぺらぺっちゃんこだよぉ〜♡♡♡」


「現在進行形で俺がぺっちゃんこになろうとしてるんだけど」


 バカップルの男女、コイチローとアイリ。

 二人は抱き合い、アホ毛が組み合わさってハートマークになり、あふれる愛のオーラが桃色に輝いて風船のようにふくらんで恐怖のオーラを押し返す。

 ツッコはその桃色オーラに受け止められて、ぐんぐんふくらむそのオーラに地面に押しつけられて、つぶされかけていた。


 ツッコに目を向けて、コイチローが尋ねた。


「手助けはいるかい、ツッコ?」


「コイチロー……悪いな、今まさに助けられた身でなんだけど、もう少し、俺一人でやらせてくれねえか」


「そっか」


 桃色オーラがしぼみ、気を取り直して立ち上がったツッコの背中を、コイチローは軽く小突いた。


「分かった。けどもしまた危ないと思ったら、悪いけど割り込ませてもらうよ」


「なんだよ、信用ねえな」


「信用? してるさ。ツッコ、きみは強い」


 そしてコイチローは、視線を一度ホーンの方に向けた。


「でもねツッコ。信用してるの一言だけで、一歩間違えば取り返しのつかないことになる状況にただ何もせず送り出すのは、僕は無責任だと思ってるんだ」


「ああ……確かにな」


 ツッコもまた、ホーンをまっすぐに見すえた。


「確かに、そうだよな。

 俺はさ、田舎に引っ込んでちゃ自由にやれねえだろうと思って、俺がトワを引っ張り出した。

 トワは強いから、王国兵士になってどうとでもやれるだろうって思ってた」


 ひとつ、ツッコは泣くように、くしゃりと眉をしかめた。


「違ったんだな。慣れない場所でなじめてなかったトワを、俺がもっと、支えてやればよかったんだな」


 暗黒騎士の全身からは、威圧のオーラが漏れ続ける。

 それはツッコの肌を、そよ風のようになでた。


「強くなんて、なかったんだ」


 ホーンの魔法『ツエインヘリヤル』は、力の差による恐怖心を増大させる。


「魔力が人並み外れてるとか、関係ない。

 俺が守ってやらなきゃいけないくらい、本当は、弱かったんだ」


 ならば力の差を感じていなければ、その魔法は、効果を発揮しない。


 暗黒騎士ホーンは、無言で剣を拾い、構え直した。

 表情の見えないその姿に、わずかに感情のゆらぎが、怒りのようなものが表出した気がした。


 コイチローはツッコに、手に持ったものを差し出した。


「これ、ここに来る途中で拾ったよ。きみの槍。

 魔法にやられて使い物にならなそうだったから、僕らの愛で浄化しておいた」


「バカップルの愛で浄化されたヤリ〜!

 強そうなオーラなんて気にせず最愛のご主人様たるツッコ様にビシバシしごき倒してもらうヤリ〜ハァハァ!」


「浄化されてなくね!? むしろ腐敗してねーか!?」


――――――


・ラブバカ豆知識


ツッコの元を出奔し、素敵な剣と恋に落ちた槍だったが、バカップルの愛にあてられて真実の愛を取り戻し、ツッコの元に戻ってきた。

純愛だ!

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