第40話 愛は力の差を超えて!暗黒騎士ホーン!3

 純白騎士トワ・イ・ライトは、アイラッビュ王国の片田舎でひっそりと産声を上げた。

 それは田舎町で一人の女の子が産まれたというだけのことであり、当事者たちはともかく、世間一般においてはただありふれた日々の営みのひとつでしかないはずだった。

 トワが生まれつき、人とは隔絶した膨大な魔力を持っていたことを除けば。




「……本に書いてあったけどさ、【神に愛されし者ラヴド】って呼ばれてるらしいぜ。生まれつきめっちゃ強いやつのこと」


 午後のゆるやかな日差しが、木造の家にやわらかく差し込む。

 その日差しを背負うように、窓の外から少年ツッコは、食卓でおやつを前にするトワに話しかけた。

 トワは焼き菓子に目を落として、顔を曇らせた。


「……神様になんて、愛されなくても、いいのに」


「俺はかっこいいと思うけどなー。めっちゃつえーし」


「強くなんて……なくてよかっゴボゴボゴボ」


「生クリームかけすぎじゃね?」


 焼き菓子の上に幌馬車ほろばしゃのごとく盛られた生クリームに、トワは顔をうずもれさせておぼれた。




 トワはおとなしくて、同年代の子と比べてもやんちゃをせず、聞き分けのいい子供だった。

 そのうえでなお、強すぎる力はトワと周囲を振り回した。


「ママ……トワもお手伝い、する……」


「ヒィィィ洗濯物がビリビリのボロボロになってくママーー!?

 トワは干すときパンパン広げなくていいのよママー!!」


「パパ……夕飯のおかず、取ってきた……」


「ヒィィィ王国兵士が十人がかりで倒せるドラゴンを一人でつかまえてきたパパーー!?

 ちょ、どこか巣があったパパ!? ヒィィィ巣を荒らされたドラゴンが怒って村を襲ってきて……一人で全部やっつけたパパーー!?」


「生クリーム、食べ過ぎだから、我慢する……しおしおしお……」


「ヒィィィトワが生クリーム不足でしおしおになってるママーー!?

 気にせず食べていいのよママ!! 食費は、その、なんとかするからママ!!」




 何かしようと思っても、動けば動くほど周囲に迷惑をかけるので、トワはただじっと、何もせずにいようと思った。

 ただ何もせず、平穏に過ごせれば、それでよかった。

 それでよかったのに。




「……ツッコ、また、ケガしてる」


「いやーははは、つい無理しちまってなー」


 トワはツッコと、ともに成長した。

 ツッコは生傷が絶えなかった。


「やっぱさ、早く強くなりたいじゃん?

 今はまだトワに追いつけねーけどさ、そのうちおまえと同じくらい強くなってみせるから、待ってろよ!」


 ツッコはそう言って笑った。

 トワには察せられた。トワを一人にさせないためだと。

 トワと同じくらい強い人間がそばにいれば、トワを孤独にせずに済むと。そう思って鍛えているのだと。


 つまりツッコの傷は、トワのせいだ。

 トワが強いせいで、ツッコは無理をしているのだ。


――強くなんて、ならなくていいのに。

  私のために、そんなにケガまでして、頑張らなくていいのに。


 トワはただ、誰にも迷惑をかけずにいられれば、それでよかったのに。

 誰かを傷つけることなく、ただこの片田舎の片隅で、縮こまって生きていれば、それでよかったのに。


 ツッコは、王国兵士になった。




   ◆




 針葉樹林が落葉したはげ山に、鮮烈な強者のオーラが立ち込める。

 その山中で、暗黒騎士ホーンと王国兵士ツッコ(パンツ一丁)は対峙する。


 ホーンは淡々と、問いかけた。


「……あなたはなぜ、王国兵士になった」


 ツッコはいぶかしげに、見返した。

 漆黒の兜で表情は見えないが、ホーンの声にわずかに感情が、もっといえば、怒りのような色を感じた。


「どうして……強くもないのに……危険も多いのに……わざわざ王国兵士になどなった……!」


 ホーンの声に乗った感情とともに、畏怖のオーラがあふれた。

 山全体が鳴動した。


「ヒィィィこんな怖い人に対してが高すぎて申し訳ないヤマ〜!

 平べったくなって頭を下げますヤマ〜!」


 山が一瞬にしてぺしゃんこになって、一面の平らな大地となった。

 そんな土地すら恐れおののくオーラの中で、ツッコは恐れひとつ見せず、直立していた。パンツ一丁で。


「ああ」


 ツッコはにやりと、笑ってみせた。


「そりゃ強くなりてえからな。強くなりたきゃ、強いヤツが集まるところに行った方がいいだろ。

 ……ってのは、理由の半分だけど」


 ツッコはまっすぐに、ホーンと向かい合った。


「連れ出した方がいいって思ったヤツが、いたんだ。

 いろんなことに遠慮して、ずっと縮こまって生きてきたヤツがいたんだよ。

 そんな肩身の狭い生き方をするより、王都に出てもっとのびのびと生きた方が、いいと思った。

 俺が王国兵士になるって言ったら、きっとソイツはついてくるって、思ったんだよ……!」


 そしてツッコは真顔で言った。


「あと生クリーム食い過ぎで食費がふつーにヤバかったから、給料のいい王国兵士になった方がいいと思った」


「それは本当にごめんなさい」


 ホーンはなぜか謝った。

 ツッコはうつむいて、泣き笑いのように言った。


「実際、そいつは田舎で暮らしてるより、モンスターと戦ってる方が活き活きしてるように見えた。王国兵士の中でもズバ抜けてるのは、ちょっと予想外だったけど……

 連れ出してきてよかったって、思ったんだ。思ったのに……」


 純白騎士トワ。

 隔絶した強さ。それゆえに、周りから期待された。それとも押しつけられたのか。

 周囲の仕事を単身肩代わりするようになり、災害級ドラゴンと一人で対峙し、行方不明になった。


 ツッコの目から、涙が流れた。

 泣きながら、顔を上げて、強がるように笑って、暗黒騎士ホーンに問いかけた。


「なあ。答えてくれよホーンさん。俺は間違ってたか?

 トワは王国兵士になるべきじゃなかったのか? 俺はトワを連れ出すべきじゃなかったのか?」


 笑うように、牙をむくように、ツッコは歯を食いしばった。


「俺が王国兵士にならなきゃ、トワはみんなの負担をしょい込むことも、一人で戦うなんて無茶もせず、今俺のそばにいないなんてことも、なかったのか……!?」


 空気がびりびりと、ふるえるような感覚がした。

 誰かの感情が、揺さぶられるような感覚だった。


――――――


・ラブバカ豆知識


戦争時代、【神に愛されし者ラヴド】は戦力として重宝され、なかば強制的に軍事徴用されてきた歴史がある。

その反省から、現代では積極的に兵士として勧誘したりはしないが、それは力の使い道を見出せずに孤立する人間が出ることと表裏一体でもある。

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