第45話 握れ種族の壁を超えて!寿司職人ツマゴ!2

 寿司職人ツマゴがゆらりと両手を上げ、戦闘態勢を取った。

 コイチローも動く。決然とした動き。

 そのコイチローの背中にアイリはときめき、あふれる愛のラブラブオーラがドゥルンドゥルンと流れ出て宿屋をさらにねっちょりと防護した。


「悪いけど、ツマゴ。あんまり騒がしくせず、一瞬でケリをつけさせてもらうよ。

 中の二人に気兼ねなく、二人の時間を過ごしてもらいたい」


 コイチローの決意を込めた宣言、そのかっこよさにアイリの心臓はドキドキやかましくて飛び出しそうだ。

 実際、飛び出した。


「ハートがドキドキプルンプルンで肋骨バリバリフルオープンでビートは毎分百八十の百二十デシベルハァハァハァ〜♡♡♡」


 胸から飛び出したアイリの心臓がドキドキドンドン激しく脈打つ!

 高鳴るビートの音圧は衝撃波となり地震のように空気を揺らす!

 たまらず宿の中からツッコとトワも顔を出した!


「うぉいバカップル!! 騒がしくしない宣言が秒で崩壊してんじゃねーか!?

 つか心臓飛び出てるの普通にキモいし人間離れしすぎたろアイリ!?」


「あれに比べれば、私まだ常識的な人間かも……」


 窓ガラスを割り、樹木をへし折るほどの高圧ハートビート衝撃波!

 それは地面に広がった愛の桃色オーラに反響し、パラボラアンテナのように集束して寿司職人ツマゴへと全エネルギーが降り注ぐ!


「――『握り』ます」


 そのエネルギーが、消滅した。


 コイチローたちは驚愕しながら、その挙動を見た。

 迫るエネルギーに対して、寿司職人ツマゴは、両手を握った。寿司を握るように。

 その手の中にエネルギーが押し込められ、圧縮され、掌握されてしまった。


「ぼくはですねぇ。寿司を握ること、それを極めることに人生を懸けてもいいと思いまして、実際懸けたんですよねぇ。

 ええ、それはもう。愛する人を捨ててでも、懸けるべきものだと思ったんですねぇ」


 握った寿司を提供するように、ツマゴは右手を差し出した。


「豊穣の握力『ニギライカナイ』。

 握り寿司で極めたぼくの握力はですねぇ、あらゆるものを『握る』ことができます」


 その手に『握ら』れたラブラブビートエネルギーが、解放された。


 破滅的衝撃波が、小さな宿をふるわせ破砕せんとする!


「うおおぉぉやべぇやべぇやべぇ!? 桃色オーラで守りきれてねーぞ!? 宿が壊される!?」


「くっ……! なんかめちゃくちゃ強そうなオーラ『ツエインヘリヤル』!」


「ヒィィィこんな強い人のそばにいられないヤドヤ〜! 逃げるヤドヤ〜!」


 恐怖のオーラに宿屋は逃走し、衝撃波からまぬがれた。

 騒動に、田舎町の民家が次々と戸を開け、ヤサイ族の一般人たちが顔を出した!


「いったい何事なんだメネギ!? 宿屋がなくなってるメネギ!?」


「いい芽ネギがありますねぇ。『握り』ましょう」


「メネギーーっ!?」


 芽ネギ人間のメネーギさんの頭から芽ネギがむしり取られ、寿司ネタにされた!

 ヤサイ族の人間はその名の通り体が野菜でできており、一部をはぎ取ってもまた生えてくるためこの世界の野菜供給にとっても貢献しているぞ!


「できましたよぉ。芽ネギの握りです。ご賞味ください」


「こっこれは!? ネギのシャキシャキと酢飯の相性が抜群で、寿司といえば魚のネタという概念を吹き飛ばす妙味だ!」


「んん〜〜っこんなおいしいお寿司なかなか食べられないよぉ〜〜っほっぺがゴキゲンになっちゃう〜〜♡」


「おいこら何フツーに食ってんだバカップル!?」


「ホーンさんには生クリーム握りを作りましょうねぇ」


「私はもうホーンじゃない……トワ……でも食べる、もぐもぐ」


「トワまで食ってんじゃねーよ!?」


 寿司を握った寿司職人ツマゴは、柔和な笑みを崩さないまま、トワに問いかけた。


「トワさん。今ならおとがめなしに戻ってこれますよぉ。

 ウーマシーカーさんはあなたを必要としてますし、あなたも自由恋愛禁止軍団に恩があるはずでしょう」


 問われて、トワは目を伏せた。


「自由恋愛禁止軍団は……私に居場所をくれた……それは事実……」


 それから顔を上げて、まっすぐにツマゴを見すえた。


「でも私は、一番、ツッコと一緒にいたい……!」


 断言するトワの横顔に、ツッコは一瞬見とれて、それから涙ぐむように口をひきしめてうなずいた。

 それに向かい合って、寿司職人ツマゴは、ほんの少し困ったように眉尻を下げた。


「うーん残念ですねぇ。あなたはぼくのお寿司をよく食べてくれましたし、できれば手荒なマネはしたくないんですが……仕方ありませんねぇ」


 ゆらりと、『握る』構えを取る。

 ツッコは警戒しながら構えた。


「あいつ、バカップルとトワっつー強者ぞろいのこのメンツを相手に、一人で勝てる気なのか!?

 どう出る……まずトワを狙ってくるか、それともコイチローとアイリの方か?」


「『握り』潰させていただきますねぇ……王国兵士ツッコさん」


「なんで俺!?」


――――――


・ラブバカ豆知識


芽ネギとは、青ネギの発芽したての若い芽のこと。

栄養価が高く、シャキシャキとした歯応えと香り高さは酢飯との相性も良好。

近年では回転寿司チェーン店でも取り扱っている場所が出てきたため、機会があればご賞味していただきたい。

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