愛は力の差を超えて!暗黒騎士ホーン!

第38話 愛は力の差を超えて!暗黒騎士ホーン!1

 カリスマ美容師カミキレーとの決着から、時間は少し巻き戻る。




 強者の圧力が、空気を水飴のようにねばく感じさせた。

 赤錆色のレンガ造りの街並みが、薄墨の広がるように彩度を落とすような錯覚がした。

 ひざをつきそうになるのを、王国兵士ツッコは意地でもって耐え、正面を見すえた。


 肌のひとかけらも見えない、漆黒の鎧の騎士。

 自由恋愛絶対禁止暗黒幹部の一人、暗黒騎士ホーン。


「私のオーラを受けて、まだ立っていられる……たいした胆力……」


 暗黒騎士ホーンは、淡々と喋る。

 ツッコは気を抜けばがちがちと鳴りそうになる奥歯を噛みしめて、槍を構えて、強がるように笑ってみせた。


「悪いな、ワケの分かんねーオーラなら、バカップルのせいで胸焼けするほど見慣れちまったんだ。

 めちゃくちゃ強え幼なじみともずっと一緒にいたしな」


「そう……」


 暗黒騎士ホーンは、ゆらりと片手を前に上げた。


「なら、もう少し出力を上げる……この私、暗黒騎士ホーン・トワ・イ・イヒトの魔法……なんかめちゃくちゃ強そうなオーラ『ツエインヘリヤル』」


「名前の前!! もうちょいカッコよくできなかったのか!?」


 暗黒騎士のめちゃくちゃ強そうなオーラが、さらに増した。

 ずしりと重さすら感じるような圧迫感に、しかしツッコは耐えて立ち続けた。


「だから……見慣れちまったって言ってんだよ……!

 効かねー魔法を重ねがけしたところで、羽毛布団でもかけられたみてぇにあくびが出るぜ……!」


「やせ我慢……けれどあなたは気合いで耐えられても、他はそうでもない……」


 ツッコの握る槍が、ぶるぶるとふるえた。

 ツッコがふるえているのではない。槍がひとりでにふるえている。

 まるで恐怖にかられたように。そして。


「ヒィィィィこんな強そうな相手と戦えないヤリ! ギブアップだヤリ〜!!」


「槍が喋ってんじゃねぇーー!?」


 戦意を喪失した槍はくにゃりと曲がり、蛇みたいに手を抜け出して風に舞う落ち葉のごとく去っていった。


「槍ーーッ!?」


「私のオーラ『ツエインヘリヤル』は、力の差による恐怖心を増大させる……

 その効力は人間だけでなく、動物にも、無機物にさえも有効……」


 暗黒騎士ホーンはそして、足を一歩、二歩、進めた。


「力の差に、絶望していればいい。

 そうすれば、私はあなたに何もしない……

 カリスマ美容師カミキレーと協力して、救世主を倒す……私の目的は、それだけ……」


 立つのがやっとのツッコの横を、ホーンは通り過ぎようとした。

 ツッコが動いて、立ちふさがった。

 ホーンは立ち止まった。

 素顔のいっさい見えない漆黒の兜で、ツッコの顔を見た。


「どうして、立ち向かおうとする……

 勝ち目なんて、万にひとつもないのに」


「はは……不思議だよな。俺も何やってんだって思う。

 別に俺が頑張ったところで、どうやったってあんたには勝てねえだろうし、どれだけあのバカップルの助けになるかも分かんねえ」


 離れた場所で、巨大ロボがぶつかり合う音が聞こえる。

 崩れそうになるひざに力を込めて、歯を食いしばって、ツッコは暗黒騎士をにらんだ。


「けど俺は、イヤなんだよ」


 ツッコの脳裏に、過去の姿がちらつく。

 行方不明になった幼なじみ。純白騎士と呼ばれた彼女。

 隔絶した強さ。それゆえの、孤独。


「自分にできることなんて何もないなんて言い訳して、強いヤツに任せっきりにするなんて……!」


 兵士の誰かが言った。

 モンスター退治の仕事は、彼女一人でやればいいと。


「俺は絶対に、したくねぇんだよ……!!」


 ツッコの無謀なほどの強い目と、暗黒騎士の無貌むぼうの漆黒の兜が、向かい合った。


 そして。


「ヒィィィこんな怖い相手と戦う人に着られたくないイフク〜!

 もう逃げ出したいイフク〜!」


「喋ってる途中で割り込んで勝手に脱げようとしてんじゃねぇ衣服ーーッ!?」


――――――


・ラブバカ豆知識


魔法の命名は「ツエインヘリヤル」の部分はウーマシーカー。

「なんかめちゃくちゃ強そうなオーラ」の部分はホーン。

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