第37話 終わらぬ悪夢・ウーマシーカー

 それはまだ、幸せなころの夢だった。




 母のひざのぬくもりを感じる。

 頭をなでる、母の手のぬくもりを感じる。

 父の使っているマントを、頭からすっぽりとかぶってくるまって、母のひざの上に乗っている。

 幼い少女――ウーマ。


 父が帰ってきて、ウーマの様子を見て、笑った。


「なんじゃウーマ、ワシのことがそんなに恋しかったか?

 かわいいヤツじゃのう!」


 母もそれに、笑って答えた。


「本当にウーマったら、パパのこと大好きなのよねえ。

 だから喋り方もパパみたいになっちゃって、もうちょっとかわいい感じに喋ってほしいんだけど」


「別にいいじゃろ! 仕草がちょっとワシっぽくなろうが、ウーマは世界一かわいいのじゃ! ウーマだというだけで爆アドじゃ!

 ウーマが生まれてきてくれたことは、この世の奇跡なのじゃ!

 来週の誕生日には最高においしいケーキを用意するから、楽しみにしてるのじゃぞ!」


 二人の笑い声を聞いて、ウーマはマントの下から顔をのぞかせて、にっかと笑った。


 父、ベターボ。母、アイシャ。

 二人は愛し合っていた。

 さながら二人は自由恋愛の体現の極致であり、娘のウーマは、自由恋愛の結実の極致であった。




 血のにおい。

 たたずむ、一人の男。


「アイシャ、おまえが悪いんだ……

 よりによって、こんな男と結婚なんてするから……!」


 父と母、らしき姿。

 それらを踏み越え、男はウーマの方に近づく。


「おまえは、存在自体が許されない。

 生まれてきちゃ、いけなかったんだ……!」


 男はそして、武器を振り上げ――




   ◆




 暗黒の帝王ウーマシーカーは目を覚まして、ぼうっと天井をながめた。

 自室。風雲・自由恋愛禁止城の、黒い天井。


 ゆっくりと、ウーマシーカーは体を起こした。

 かぶりっぱなしの黒いずきんを、より深くかぶり直した。

 ずきんを貫通するように、赤い一本角がそびえている。

 ウーマシーカーの体の大きさに比べて、ベッドのサイズは、大きかった。


 ノックの音。


「ウーマシーカー様。朝食の用意ができていまシッツージ。

 寿司職人ツマゴが、朝から特上の握り寿司を準備していまシッツージ」


 ウーマシーカーはベッドから降りて、ドアを開けて、執事のシッツージに連れ立って、食堂へと向かった。

 歩きながら、ウーマシーカーはシッツージに尋ねた。


「シッツージ。おまえはワシにとっての、なんじゃ?」


 シッツージは一瞬、面食らったように目を見開いた。

 連れ添うウーマシーカーの距離感が、少しだけ、近かった。

 親に寄り添う子供のように。


 シッツージはつとめて冷静に、平静に、答えた。


「わたくしめは、ウーマシーカー様の……ウーマお嬢様の、執事でございまシッツージ。

 今も昔も、これからも」


「……そうか」


 そうしてウーマシーカーは、前に立って、歩く。

 主人と執事の距離感で。


――――――


・ラブバカ豆知識


執事のシッツージはツノ族。

寿司職人ツマゴはカラフル族。

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