第35話 愛は金より重いのか!?カリスマ美容師カミキレー!9

 決着から、少し後の時間。




 夕闇に沈もうとする紫色の空の下、ガラスの街と化した機工都市アカイイートーの建物の隅。

 つぎはぎの手足と顔面をぼろぼろにしたカリスマ美容師カミキレーが、力なくはいつくばっていた。


「うっぐぅぅ……負けた……それもこんなに醜い姿になって……

 手足が動かない……義手も義足も壊れて……それにお腹がすいて、体力もないわ……

 ひもじい、助けてほしい……でもこんな屈辱的な姿、誰にも見られたくないぃ……」


 人通りはほぼない。

 けれど透き通ってしまったこの街並みでは、身の隠しようもない。

 はたして足音が聞こえて、ひとつの人影が、カミキレーのそばで立ち止まった。


「ふふっ……笑うがいいわ。これがカリスマ美容師と呼ばれた人間の末路……

 お金も何もかも失った、哀れで醜い敗北者よ……」


 自嘲しながら、カミキレーは見上げた。

 夕闇とガラスの背景。質素な身なりの少女。手にはカゴ。

 顔に大きなやけど跡のある。


 少女は、カミキレーの姿をしばらく見下ろした。

 それからやがて、おずおずとしゃがんで、手に持ったカゴからパンをひとつ取り出して、差し出した。

 カミキレーは眉根を寄せた。


「……ほどこしのつもり?

 そう……落ちぶれたアタクシを下に見て、それで優越感を感じようって魂胆ね。そういうことでしょう……むぐ」


 あざ笑おうとしたカミキレーの口に、少女はパンを押し込んだ。

 カミキレーはもごもごと噛みしめた。


(ああ……粗末なパン。ミルクもバターも感じない、カリスマ美容師となってから食べてきたパンとは比べものにならない安物……

 けれどなんだか、懐かしい……)


 そうだ、幼いころ。

 母と食べたパンは、こんな味だった。

 貧しさの中で、家族寄り添って生きてきた。

 あのころはお金はなくとも、幸せだった。


(けれど、お金なくして、大切なものは守れなかった)


 ぼろぼろの姿になって、働く母。

 そんな母を助けるために、カミキレーはさまざまなことに手を出した。

 美しい方が金を得るのに有利だと知った。金を得るために金がった。

 キャラ作りをした。つぎはぎの体になった。自分を切り売りした。

 魔法のハサミと出会った。カリスマ美容師となった。

 理由なんてなかった。ただなるための手段があったから、カリスマ美容師になった。

 ちやほやされた。自由恋愛禁止軍団が後ろ盾についた。

 金が金を呼び、あらゆるものが手に入った。

 そのころにはもう、本当に守りたかったものは、カミキレーの手からこぼれ落ちていた。


「……アタクシは」


 もっと早く、お金を手にできていれば。

 お金よりも大切なものを、守ることができたのに。


「アタクシには……!」


 残ったのはただ、お金と、つぎはぎの体と、つぎはぎの目的だけ。


「アタクシにはもう、お金より価値のあるものなんて、残ってなかった……!」


 涙を流すカミキレーを、少女はずっと見つめて、そして頭をなでた。

 やけど跡のある少女の顔は、母の姿に似ていた。


――――――


・ラブバカ豆知識


この後カミキレーは、少女のパン屋に拾われて命をつなぐ。

粗末な義手を装着して、パン作りを覚えていく。

彼が新しい人生の目的を見つけられるか、罪をつぐなって再出発できるかは、また別の話。

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