第15話 たき火の語らい・ツッコの過去1

 夜空には月が浮かび、森は穏やかな闇色に沈んでいる。


 その一角。たき火。

 火を囲んで、バカップルのコイチローとアイリ、それに王国兵士ツッコは、夕食を食べていた。


「うぅ〜んおいしいねぇコイチロー♡ 焼いた木の実がとってもジューシーでスイートだよぉ〜!」


「焼きリンゴみたいに甘くてみずみずしさもあるね。このへんの木はスギの木に似てるけど、こんな実をつけるんだ」


「いや普通はならねーよこんな実……あんたらの愛の力でわけの分からん実がついちまったんだよ」


 ツッコがツッコむ間にも、バカップルはイチャイチャを続ける。

 肩を寄せ合い、髪をなで、木の実の汁で汚れた指をなめ取り、イチャイチャイチャイチャ。

 ツッコは食事より二人のイチャつきに腹がふくれて胸焼けしてしまった。


 食事を終え、たき火はゆるやかに続く。

 ホットミルク(によく似た桃色オーラにあてられた木々からしぼったナニモノか)を飲みながら、三人は語り合った。


「ねぇねぇ、ツッコくんってさぁ、好きな人はいるの?」


「唐突だなアイリ」


 急な質問にツッコは顔をしかめて、コイチローがそれに続けた。


「唐突でもないんじゃないかな、ツッコ。

 僕らが戦うのは自由恋愛禁止をうたう相手なんだし、それに立ち向かおうとするツッコはじゃあどんな恋愛事情をかかえてるんだろうって、気になるのは普通のことだと思うよ」


「別に今好きな人がいなかったとしても、アレに反発するのは普通だと思うが……まぁ、そうか」


 ツッコはミルクの湯気に視線を落として、遠い目をした。


「俺の恋愛話って、話してもおもしろくねぇっつか……つまるつまらんの話じゃなくて、重い話になっちまうんだが……」


 ツッコはそれから、目線を上げた。

 疑問顔の二人に対して、ツッコは渋い顔をしながら言った。


「生死不明の行方知れずなんだよ。俺の好きな人」


 コイチローとアイリは、軽く息を呑んだ。

 コイチローは口元に手を当てて思案顔で、うながした。


「聞いていいなら、聞いてもいいかな、その話」


「ああ、構わねーよ。つーか」


 ツッコはミルクを飲み干した。


「そのうち、言っとこうと思ってた話だ」


 火にかけたポットから、ツッコはミルクを継ぎ足し――




  ◆




 アイラッビュ王国の片田舎で生まれ育ったツッコは、日々の鍛錬と勉学の甲斐あって、王都で王国兵士となった。

 立派な出世であったが、故郷ではあまり目立たなかった。

 なぜかといえば。


「……なあツッコ、あそこで鍛錬してるトワって同郷だろ? 同じ人間とは思えないな?」


「あー……アイツはまあムチャクチャではあるなー……」


 王国兵士鍛錬場。

 広場の中央に木偶でくとして置かれた鉄鎧に、相対する女性が一人。


「――ふっ!」


 五……十……二十連撃。

 軽やかに舞った女性の――純白騎士トワの剣が、鉄の鎧をバラバラに切り裂いた。

 さらりと流れる銀髪が、剣の軌跡とともに午前の陽光を反射してきらきらと輝いた。


 ツッコの横で、同僚が感嘆のため息をついた。


「トワ・イ・ライト。並の人間とは比にならない魔力と剣技で、一般の兵士が十人がかりのドラゴン相手でも鎧袖一触がいしゅういっしょく

 通り名の純白騎士は、その美しい剣技と髪と白い肌と――」


 純白騎士トワは紅茶のカップを取り出すと、ホイップした生クリームを一缶どっぷりと注ぎ、優雅に飲んだ。


「――無類のクリーム好きに由来するんだよな」


「トワが一日に摂取する生クリームは、本人の体重を越えるんだ……あの生クリームバカっぷりはまあ人間離れしてはいるな……」


 トワの視線が、ふとツッコたちの方を向いた。

 凛とした目。端にほくろのある、薄いくちびる。

 を、でろりんと縁取る生クリーム。

 あごからしたたり落ちそうになるクリームに気づいて、トワは指ですくい、なめ取った。

 同僚はどぎまぎとし、ツッコはただ見やった。




 昼時。


「トワ、横で食わせてもらうぞ」


「あ……」


 食堂で一人ごはんを食べていたトワの横に、ツッコは座った。

 黙々とハヤシライス的メニューをほおばり始めるツッコを見て、トワはしゅんとなった。


「ごめんなさいツッコ……なかなか友達、できなくて……」


「みんなビビっちまってんだろな。別にトワ、怖くもなんともねーのに。

 ……まあ、その食い方は改めた方が、友達は作りやすそうだけど」


 トワの皿にはハヤシライス的メニュー、の上に天高く積み上げられたホイップクリームがあった。


「クリーム抜くのは無理……もしクリームを食べられないなら、私は全身の毛穴から血を噴き出して死ぬ……」


「せめてもうちょっとグロくない死に方して?」


 ツッコはげんなりして、それから手に持ったスプーンをトワに向けた。


「ま、今はトワが強すぎてみんなと馴染めねーかもしれねーけど、強いヤツが増えれば珍しくもなくなるさ。

 そのうち俺も強くなって追いついてみせるから、待ってろよ」


 トワはきょとんとツッコを見て、それから向けられたスプーン、その手の袖をまくった。


「そのために、こんなにケガまでして……?」


「あ、バレてたか。トワに追いつきたくて、つい無理しちまうんだよなー」


 先の遠征、モンスターとの戦闘でつけた傷が、腕にあった。

 にっかと笑うツッコに対し、トワは心配げに目を細めた。


「お願いだから、無茶しないで……心配するから……」


「そう言ってもなぁ。つい体が動いちまうんだよな」


「そんなのだから、あんなあだ名がつけられる……」


「俺はあれ、合ってると思うから別にいいんだぜ? トワの純白騎士ほどかっこよくはねーけどさ」


「私、は……」


 トワはうつむいて、ハヤシライス的メニュー(爆盛クリーム付き)に視線を落とした。


「純白なんかじゃ、ない……」


 ツッコはそんなトワの顔を、ながめた。




 トワとツッコは同期で、同郷で、同い年で。

 ずっと一緒に、生まれ育ってきた。

 トワはたぐいまれなる才能を持っていて、ツッコはそれを追いかけていた。

 トワに並べる男となるために、ツッコは王国兵士を志願し、トワはそれにつられるように王国兵士となった。

 トワの才能は、王国兵士の中でも飛び抜けていた。

 それは希望であり、毒であった。




「モンスター退治さぁ、オレらがやる必要なくねーか?」


「下手にオレらが出るより、トワ一人で済ませた方が早いし余計なケガもしないんだよなぁ」


 それは希望であり、毒であった。


――――――


・ラブバカ豆知識


ハヤシライス的メニューは王国兵士食堂の一番人気メニュー。

ちなみに王国兵士食堂の料理長はモリさん。

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