第16話 たき火の語らい・ツッコの過去2

 戦争も昔の話となったアイラッビュ王国の目下の危険は、いまだはびこるモンスターであった。

 散発するドラゴンとの遭遇、そして大陸を飛び回る災害級ドラゴン。

 それらを狩るのが、このときの王国兵士の主な仕事だった。




「ふざけんなよおい!! なんでてめーがここにいてトワがモンスター退治に行ってんだよ!?」


「おいやめろ殴るのはやめろツッコ!」


 王国兵士宿舎、食堂。

 ツッコは同僚につかみかかり、他の同僚に制止され、テーブルに置いていた朝食のプレートが音を立てて落下した。

 かたわらに置かれた生クリームのドラム缶が、床を跳ねた食器に叩かれて愛飲者不在の室内に音を響かせた。


 つかまれた同僚はしどろもどろに言い訳した。


「だってトワが自分からやるって言ったんだもんよ、うちの班長の奥さんが身重だから……! お産はもうちょい先だけど、もしものことがあるかもしれないからって……!」


「だからって一人で行かせるか!? トワが何日連続で遠征してるか分かってんのか!?

 顔見りゃ分かるだろ明らかに疲れてたじゃねーか!! アイツは強くても不死身じゃねーんだよ!!」


「オレに言われたってぇ……!」


 半泣きの同僚を、ツッコはいら立たしげに突き飛ばした。


 トワはこのごろ、他の兵士に代わってモンスター退治をすることが多い。

 本人が提案しているのは事実だし、それで兵士全体の負傷が減っているのも間違いないが、周りがそれに期待しすぎている。

 このままトワに負担をかけすぎるのは……


「くそっ! せめて俺になんか言ってくれたっていいだろうに!」


「おいツッコ!? 追いかける気か!?

 ちょ、先走るなよツッコ! そんなんだからおまえあだ名で――」


 一人、外に出る。

 細く雨の降る、朝の冷えた空気。

 兵舎の横で、生クリーム精製魔導マシーンが音を立てる。なまくりなまくり(駆動音)


 遠方。気配。魔力。強烈な。


 ツッコは見た。西。王都の中からでも見える付近の山の、山頂。

 雲が切れる。光が差す。照らされる、闇色の落雷。

 そこに降臨する、闇色のドラゴン。


 追いかけてきた同僚が、声を上げた。


「おいあれ、ホーンドラゴンじゃねぇか!?」


 ホーンドラゴン。

 ツッコは座学で学んだことを口に出す。


「暗黒竜ホーンドラゴン……! 都市ひとつを軽く壊滅させられる、災害級ドラゴン……!」


 そして、トワにモンスター退治を代わってもらった同僚。


「あの山、オレたちが行くはずだった山だ……!」


 どくん。ツッコの心臓が早鐘を打った。


――つまり、あの場所に、トワがいる?


 ツッコは駆け出した。

 同僚の声も、上司の声も耳に入らない。

 走って間に合うわけもない。

 ツッコがまっすぐ見すえる先で、闇の閃光が、またたいた。




   ◆




 たき火はパチパチと、穏やかに燃える。

 その火に赤く照らされて、コイチローとアイリは、ミルクのカップに視線を落とすツッコを見つめた。

 ツッコはぽつぽつと、続きを語った。


「山には激しい戦いの跡が残っていて、ホーンドラゴンのツノや翼なんかの残骸と、焼け焦げたトワの剣があった。

 捜索隊も組んで探したけど、トワは見つからなかった」


 ツッコはそれから、視線を森の闇へと向けた。


「トワはすげえヤツだ。結果的に、災害級ドラゴンが倒されて、大陸に平和が……まあ自由恋愛禁止軍団が現れるまでだけど……訪れた。

 相打ちだとしても、一人でそんなことできるヤツなんていねーよ」


 言葉とは裏腹に、ツッコの顔はくやしそうだ。


「けどさ。思っちまうよな。あの日、トワが代わりにモンスター退治に行ってなければ。

 あるいは行ったとしても、その前に無理したりせずに、疲れてない万全の状態だったら。

 トワが行方知れずになることなんて、なかったんじゃないかってさ」


 そしてツッコは顔を上げて、バカップルを見た。


「俺があんたらの同行役になった理由。王国兵士の中で、俺だけ恋人も結婚相手もいないからなんだ。

 王様に言われたよ。この機会に、想い人でも見つけてこいってさ」


 アイリは得心が行った。


「そっか! 旅にかこつけて、トワさんを探せるってことだね!」


 ツッコは少し苦笑してうなずいた。

 コイチローもうなずいて、手近な木から垂れ下がる乳房的サムシングからミルクをしぼった。


「オーケー。改めて、旅の目的がはっきりしたよ。

 自由恋愛禁止軍団の野望を砕く。トワさんを見つける。やり遂げよう。みんなで力を合わせて」


 新鮮なミルクで、三人はまた、乾杯した。




   ◆




 大陸の西の果て。風雲・自由恋愛禁止城。

 暗黒の帝王ウーマシーカーは、わなわなと震えた。


「あああああ、ドエちゃんなんで一人で戦いに行くなんてバカなことしたんじゃぁぁ……

 心配なのじゃぁ、ハカリマまでも倒した救世主に、ドエちゃんが返り討ちに遭ってあーんなことやこーんなことにならないか、心配なのじゃぁぁ……」


「まぁまぁウーマシーカーさん、お寿司を食べましょう。

 落ち着かないときは、おいしいお寿司を食べるのが一番ですからねぇ……まずはそれが一番です」


 寿司職人ツマゴが、最高級の握り寿司をウーマシーカーの前に、そして暗黒騎士ホーンの前に並べた。

 ホーンは寿司をしばらくながめ、やがてホイップした生クリームを取り出し、寿司の上にうず高く乗せた。

 そして兜の口パーツを取り外し、食べた。

 寿司を咀嚼そしゃくする、薄いくちびる。端にはほくろ。

 生クリームがでろりと垂れて、ホーンは指ですくい、なめ取った。


 暗黒騎士ホーン――ホーン・トワ・イ・イヒトは、そのまま静かに、寿司を食べた。


――――――


・ラブバカ豆知識


王国兵士宿舎では今でも、生クリーム精製魔導マシーンが稼働し、あるじの帰りを待っている。

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