第10話 測れあなたの心の距離!神業測定士ハカリマ!4

 苛烈な打ち合いが、コイチローとハカリマの間で炸裂した。


「やりますな。我が聖なる巻き尺『マキジャカリバー』を相手取って、ここまで粘るとは」


「そちらこそ、僕らのラブラブっぷりを前にしてそこまで正気を保っていられるなんて、すごいね!」


 打ち合い!

 しだれ雨のごとく降り注ぐ巻き尺と、ラブラブ桃色オーラ(鼻血を添えて)が火花を散らす!

 戦うコイチローの姿を見てアイリは出血大サービス! 文字通りに!


「ちょ、やべぇやべぇやべぇ、戦いが激しすぎるぞ!?

 ご通行中のみなさん近隣住民のみなさん避難してくださーい! 戦闘行為がありまーす!

 王国兵士ツッコから避難勧告! みなさん避難してくださーい!」


 戦いのスケールはどんどん広がる!

 カフェの窓を突き破って反対側の住宅地へ抜け、巻き尺が建物の屋根に巻きつきイケオジが飛びかい、荒ぶるバカップルの構えが空中に桃色の軌跡を焼きつけスライドしていく!

 次第に街全体を戦場とし、西へ東へびゅんびゅん飛びながら、神業測定士ハカリマはふっと笑った。


「なるほど同志マッチョーネを下した手練れ、その力量に間違いはないようですな。

 しかしもしや、わたくしの武器が、人を打ったり縛ったりするだけのものだと勘違いしてはいませんかな?」


 コイチローは目を細めた。

 互角の戦い……違う。徐々に、こちらの攻撃が届かなくなっている。


「わたくしの武器は巻き尺です。『測る』ことが本懐です。

 たとえば戦いにまぎれてあなたのポーズを測定し、どのようなポーズを取るとどれほどの加速度が出るか、算出することもできましょう」


 コイチローは耳をそば立てる。

 どこかから、きしむ音が聞こえる気がする。


「そしてまた、物品を、もっと言えば建造物を、測定し基準値標準値からの誤差を割り出し……そこに潜むわずかなゆがみ、劣化をあぶり出し、脆弱性を見出すこともできましょう」


 ぴしり。ぎしり。

 音が、聞こえる。

 コイチローは視線と意識をめぐらせた。

 それは石がきしむ音。建物の、壁の、道路の、石造りの街全体の、きしむ音。

 その石のかげを、巻き尺は伸び、そして縮んでゆき。


 ハカリマは、にやりと笑った。


「自分、仲間、他人、何をどこまで守れますかな?」


 コイチローは反転しながら叫んだ。


「ツッコ!! 衝撃に備えろ!!」


 ツッコが反応するより早く、コイチローはアイリの元に飛び来たって勢いのまま抱きしめた。

 アイリは唐突なダイビングハグに赤面し――状況を把握してその顔は、青ざめた。


 倒壊。

 石造りの街、防衛都市ツキガキレー、その建造物一切合切がひび割れて、音を立てて崩れて、ゆるやかな斜面である街並みを流れ落ち、がれきと化した。

 一斉の倒壊の後、砂ぼこりと静寂せいじゃくが残って。

 その中央でハカリマは、巻き尺を巻き取って、一礼した。


「またつまらぬものを、測ってしまいました」


 がれきの中、ツッコは膝をついていた。

 砂ぼこりが、舞う。


「なん……だ、これ?」


 周囲を見回す。

 がれき。がれき。がれき。砂ぼこり。その向こうは、開放的な青空。

 さえぎるものは何もない。歴史の中で防衛をになってきた壁も、人々が生活していた建物も。

 そしてどこかで、声。


「ママぁ……! パパぁ……!」


 幼い少女。

 うずくまって、泣く。

 その前に、積み重なったがれき。

 その隙間から伸びる、手。


「なんなんだよ、これ……」


 なかば無意識に声を発したツッコに、ゆっくりと、足音が近づく。

 神業測定士ハカリマ。

 足音に向けて、ツッコは尋ねた。


「なあ……これはいったい、なんだ?

 あそこで泣いてるのは、いったい、なんなんだ?」


 ハカリマはそれに視線をやって、答えた。


「自由恋愛の結果生じたなれの果て、でしょうな」


 ざり。砂に覆われた石畳を踏む音。

 それから、槍を杖代わりに地に立てる音。

 ハカリマは目を向けた。

 ツッコがゆっくりと、立ち上がろうとしていた。


「もう、いい」


 ツッコの声は、静かで、荒々しかった。

 過剰な力を込められた槍の石突いしづきが、ぴきりと石畳を割った。


「もう、あんたに何か問いかけるつもりも、喋らせるつもりもない。

 あんたらがどんな高尚な大義や背景や目的を持とうが、関係ない」


 ツッコの燃えるような苛烈な瞳が、射抜くようにハカリマを向いた。


「その過程でこんな光景が作られる、それひとつで、あんたらをぶっ潰す理由として、十分だ……!!」


 殺意。

 ハカリマはそれを冷ややかに見返し、巻き尺を手元で引っ張ってツッコの姿に重ねて見たりして、言った。


「失礼ながら、王国兵士。あなたの力量では、わたくしたちをぶっ潰すなど、とてもとても」


「分かってるよ、そんなこと」


 ツッコはそして、振り返った。


「だから」


 がれきに囲まれた道の先。

 不自然にがれきの密度が薄いその一角で、コイチローとアイリは、ディープキスをしていた。

 白昼堂々のイチャイチャに桃色オーラがあふれ、周囲の空気までもがそのラブラブっぷりに照れて赤面し、発熱し、膨張した。

 それはがれきの下でふくれ、クッションとなっていた。

 街じゅうで。


 あちらこちらのがれきが、下から押しのけられた。

 埋まっていた人たちが、どんどんと自力ではい出してくる。

 少女の前のがれきも押しのけられ、出てきた両親が、少女と抱きしめ合った。


 コイチローとアイリは、キスをやめて、ツッコに視線を向けた。

 ツッコは二人に向き合って、くやしさに奥歯を噛みしめて、そしてこいねがった。


「頼む。お願いだ。俺じゃ無理なんだ。

 王国兵士として! お願いする! あいつを! あいつらを! 倒してくれ! 救世主!!」


 コイチローとアイリは、微笑みを返した。

 二人、手をつなぎ、ツッコの方に歩み寄って、そしてすれ違った。

 すれ違いざま、コイチローはツッコの肩を叩いた。


「バカップルとして。頼まれたよ。友よ」


 ツッコは流れ出た涙をぬぐって、走り出して、ケガ人の救助に向かった。

 バカップルは立ち止まり、正面の暗黒幹部ハカリマを見すえて。

 コイチローが、尋ねた。


「ひとつだけ、聞いておく。

 この大倒壊、きみは僕たちがすべての人々を助けられると、そう見切った上でやったのかな?」


 ハカリマは片目を閉じて、口の前で人差し指を立ててみせた。

 そしてのたまった。


「さて。どう判断なされるかはご自由です。

 ですが仮にそうだとして、何かあなたの行動に影響はありますかな?」


「いや、ないね」


 コイチローはきっぱりと言い切った。


「死なせない前提だろうがなんだろうが、きみは平和に生きてる一般人を、危険と恐怖に巻き込んだ。

 そういうの、僕は嫌いだな」


 コイチローの隣で、アイリは手を握り、しっかりと指を絡めた。


 ハカリマが巻き尺を構え直し、その向かいでバカップルは寄り添う。

 コイチローは、強い視線を正面に向けて。


「だから僕たちは、きみと戦う」


 頭のアホ毛がハートマークを作って、二人は、宣言した。


「「ここからは、愛が世界を救う物語だ」」


――――――


・ラブバカ豆知識


バカップル二人のアホ毛は転生前からあった。

転生してからめっちゃ動くようになったし伸び縮みしてマグカップくらいなら持てるくらい強くなった。

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