第8話 測れあなたの心の距離!神業測定士ハカリマ!2

 門を越えて壁の中に入って、人通りの中、バカップルは見上げた。


「うーわー! すごいねすごいねコイチロー! 石造りの建物に囲まれて、外国に来たみたいー!」


「実際外国どころか異世界に来てるんだけど、確かに圧巻だね。頑丈そうな建物と、見上げるほどの壁に、防衛拠点として使っていたなごりを感じるやぐらみたいな設備。

 街の構造は、見たところ中心ほど土地が高くなってるのかな?」


「おう……正解だよコイチロー……」


「あっツッコ、なんかげっそりした?」


「気にするな……」


 門番とのやりとりで疲れ果てたツッコが、コイチローたちに追いついてきた。

 気を取り直して、ツッコは解説した。


「元々は戦争の最前線の街だからな、防衛しやすいように建物も堅牢だし、万一敵に侵入されても迎撃しやすいよう、中心の方が高地になってんだ。

 今は昔のいがみ合いをなくして仲良くしようと、この街も観光地化が進められてはいるんだけど」


「あっコイチロー! あそこの看板見て! 『高さ百メートルの塔に設けられた展望台』だって!

 ねぇコイチロー行ってみようよ! きっといい眺めだよ!」


「うーん、展望台かぁ……僕が満足する眺めが見られるかは、微妙だなぁ」


「えっ? なんで?」


 首をかしげるアイリのほおを、コイチローは優しくなでた。


「だってアイリ、僕にとって、きみが目の前にいるというこの光景こそが、世界一の絶景なんだから」


「コイチローっ♡♡♡」


 ひしっ。バカップルは抱き合った。

 あふれ出る桃色オーラがレンガ敷きの道路にあふれ、見事に通行のさまたげになった。

 たまたま通った通行人の、細身でゴージャスな格好の女性が怒鳴った。


「ちょっと何よこれゴージャス! あんたらジャマよゴージャス!」


「ああっもう! 目立ちたくないって言っただろーが!

 ごめんなさいすぐどかせます! ほら行くぞコイチロー、アイリ!」


「いかにも貧乏くさそうな人間がアタクシをジャマするなんておこがましいゴージャス! 家族友人に裏切られて借金にまみれて野垂れ死にそうなツラしてるゴージャス!」


「……む」


「ほら行くぞったら!」


 バカップルの二人は、ツッコにずるずると引きずられていった。




   ◆




 表通りから奥に入り、歓楽街へと続く裏路地を、ゴージャスな女性は歩いていた。


「貧乏人のせいで余分な足止めを食ったゴージャス! ダーリンと過ごす時間が減ってしまうゴージャス!」


 そこに、不意に人影。

 女性はぶつかり、しりもちをついた。


「ちょっと! 何やってるゴージャス! せっかくのゴージャスな服が汚れ……」


 怒鳴りかけた女性は、はたと口をつぐんだ。

 それは、女性とぶつかって申し訳なさそうに手を差し伸べる人間が、長い手足にエロティックな細い指、パリッとした服装と口ひげに、彫りの深いダンディな顔をした、イケオジだったからだ。


「失礼……美しいレディにしりもちをつかせてしまうとは、わたくしの失態ですな」


 女性はぽっと赤くなって、イケオジの手を取った。


 その手首に、シュルリと何かが巻きついた。


「成人女性の平均的手首径に比してマイナス一・六センチ……細いことに美意識を感じる気持ち自体は否定はしませんが、いささか不健康と言わざるをえませんな」


「え、え……?」


 手首に絡みつくもの。それは巻き尺。

 つかんだイケオジの手とは反対側の手から伸びてきた。


「そして細いなら細いなりに、服の合わせ方もあるものです。既製服をただ価格で選んで並べ立てるだけでは、服の魅力も着る人自身の魅力も引き立ちませんし……」


「ひぃっ!?」


 巻き尺が、伸びる。絡みつく。

 女性の腕に。足に。上半身に。下半身に。

 はては服の内側にまで。


「……パッドを入れるなら、形にも考慮するべきですな。全体のプロポーションを考えずただ盛るだけでは、不恰好です」


 イケオジは淡々と語った。女性は恐怖を感じた。

 そのイケオジの背後に、屈強な男が立った。


「おいオッサン、オレのハニーに何してんだ?」


「ダーリン!」


 女性は屈強な男に飛びつこうとした。

 それより速く、巻き尺が男の全身に巻きついた。


「なっ、お……!?」


「身長、胸囲、腕や脚の太さから筋肉量に、全身の生理活動による収縮度合いから心肺能力、そして魔力強度……なるほどよく鍛えられておりますな」


 困惑する男の目を、イケオジは冷静に、冷酷に見上げた。


「ですがそちらの女性のパートナーとなるならば、少々ようですな」


「お、ごっ……!?」


 巻き尺がギリギリと締め上げる。

 男はほどこうとする。ほどけない。


「ちょっ、何するゴージャス……! やめるゴージャス……!」


 止めようとした女性の動きは、しかしすぐ止まる。

 巻き尺は女性の体にまで伸びて、拘束していた。

 その中で淡々と、イケオジは喋る。


「なぜ人は、自由恋愛などという夢を見て、相性の合わない人間に惹かれてしまうのでしょうな。

 すべての数字を、すべてのデータを、測定し余さず照合すれば、相性のよいパートナーなど、議論の余地なく決まるというのに」


「あがっ、がぁ……!」


 みしり。ぎちり。

 骨が鳴る。肉が悲鳴を上げる。


「ゆえに、我ら『自由恋愛禁止軍団』は躍動する」


 イケオジの指が、巻き尺の巻き取りボタンを押した。


「「あばべら〜〜!?」」


 巻き尺が一気に巻き取られ、その勢いにより男女はコマ回しのごとく回転し、回転力により勢いよく空に飛び上がり、飛び去り、星になった。

 キランと光るふたつの星を見やって、イケオジはつぶやいた。


「またつまらぬものを、測ってしまいましたな」


 ――彼の名はハカリマ。神業測定士ハカリマ・クルゾ。

 暗黒の帝王ウーマシーカーが直属の部下、自由恋愛絶対禁止暗黒幹部の一人である。


――――――


・ラブバカ豆知識


百メートルの高さを誇る観光名所、シーンデモイーワ展望台。

ここから一緒に飛び降りたカップルは、一生添い遂げられるといわれている。

(飛び降りた時点で一生が終わるため)

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