第9話 名前を決めよう
「──でさでさ。知ってる曲ならって言っときながら、リクエストしたら何でも弾いてくれたんだよ、マジで!」
「うっそぉ。すげーな鶴賀! 今度俺のリクエストも聞いてくれよ。っつーか、なんならギターそのものを教えてくれ! なっ。なっ!」
土、日曜日と連続での休みを挟んだ月曜日。
高校生活が始まってから一週間が過ぎ、バラバラだった教室内の雰囲気もある程度混ざってきた頃合。
「だぁあ、お前ら二人とも声がデケェ! 分かった分かった、いつか暇な時にでも教えっから!」
「「うおおおっ! やったぜ!!」」
「うるせぇ!?」
この日の最後の授業である現代文の授業を終え、時は既に放課後。
俺の前には同じクラスの男子生徒と意気投合して盛り上がる平良の姿があった。
「⋯⋯おら、お前ら席につけー。このまま帰りの
教卓には担任かつ現代文の授業担当の竹林先生。
教員用の机に肘をつくという相変わらず気だるそうな態度で、俺を含む生徒達を眺めている。
⋯⋯普段はああだけど、授業は分かりやすいんだよなぁ。顔も整ってるし、その上で取っ付きにくさもない。
同学年内での担任で見れば当たりも当たりだ。特に女子生徒からの人気があるらしく、稀に黄色い声が上がる事があるとかなんとか。
とまぁ、俺のクラスの担任事情はさておき。
「うれ、お前らとっとと席に付けっての。俺もこの後の支度をしなきゃならねーんだわ」
「ほいほーい」
「ちょ待って、つっちー! ココ俺の席、俺の席!」
追い払うようにして二人のクラスメイトの身体を押せば、それぞれ違ったリアクションが返ってくる。
ちなみに前者が今日初めて話した男子生徒であり、対する後者が平良のリアクションだ。
周りのクラスメイト達が続々と着席する中。
平良は相変わらずのマイペースさを発揮して、そのまま俺に話しかけてくる。
「ねね、つっちー。この後の用事って、もしかして例のアレ?」
「おう。涼達が結成するバンドの名前を決めなきゃなんねーんだわ」
「やっぱし! で、後ろの席の人寝てるけど⋯⋯起こしてあげた方が良いんじゃ?」
「後ろって⋯⋯あぁ。鴾浦か」
背もたれに体重を預けて振り向けば、そこにはヘッドホンを頭に付けながら熟睡している鴾浦の姿。
いったい何を聞いているのかが気になり、衝動的にヒョイとヘッドホンを外してみる。
「すぅー⋯⋯⋯⋯にゃうっ、ん⋯⋯? どうかしたの、つっちー君」
「普通に何聞いてんのか気になってよ。⋯⋯つーか、考えてみたら寝てるヤツのヘッドホンを取るのって怒られても文句は言えねーな。すまん」
「ほんとだよー。鴾浦さんじゃなかったら噛み付いてたかもよぉ」
「んな犬みてーなヤツは居ねぇだろ。あとやっぱコレ返すわ」
あくびをしている鴾浦にヘッドホンを返そうとする。
「あれ。聞かないの?」
「涼から怒られる事がたまーにあんだよ。女子の私物を勝手に使うなってな」
にも関わらず俺が他人の物を使おうとしてしまうのは、普段から涼の物を借りたりしているからだろうか。
これからは鴾浦とか秦野とかと接する機会が増えるだろうしなぁ。一層気をつけねば。
「──おーし、今日のHRだが連絡事項は特にナシ、以上。解散」
俺が鴾浦と無駄話をしていると、竹林先生が放課後突入の合図を下す。
「⋯⋯お。んじゃあ涼達んトコに向かうとすっか。ちなみに聞いとくが、平良はどうする?」
「んー、お邪魔したいのは山々なんだけど⋯⋯この後、演劇部のミーティングがあんだよね。だからパス!」
「え」
平良が演劇部とは、これいかに。
運動が出来る方だからといって運動部に入るとは限らないのは分かっているが、それでも首を傾げてしまう。
⋯⋯まぁ、どの部活を選ぶかなんて人それぞれだしな。俺に至っては無所属となるわけだし。
「んじゃあつっちー、また明日!」
「お、おう」
元気よく教室から走り去っていく平良を、俺は呆然と見送る。
結局、集まるメンバーの中には男子が俺一人となってしまうことがこの時点で確定。
「腹括るかぁ⋯⋯」
俺は鴾浦を連れ、平良に続くようにしてF組の教室を出たのだった。
┅
数分後。
場所は変わって、とある空き教室にて。
「と、いうわけで! 始めましょー、第一回バンド名決め選手権〜! ぱちぱちぱち〜!」
やけにハイテンションな秦野が司会を務める──⋯⋯いや、そうじゃなくてだな。
「第一回も何もねぇだろ。そんな何回も名前変えてたまるかっての」
「はっ、確かにそうだ!?」
天然かよ。
普段から明るいイメージを振りまいている秦野だが、結構アホの子的な気質もあるらしい。
「ま、まぁ気を取り直して。私達のバンド名、決めよっか!」
秦野はすぐさまMCに復帰し、会議──と言うほど大層なものでもないが、とにかく話し合いを進行しだす。
そんな彼女の視線が向く先には涼を含む他のメンバーが座る席。
「じゃあじゃあ、まずは私から! ⋯⋯って言いたいところだけど。実は私、ネーミングセンスが全く無いんだよね。あはは⋯⋯」
──誰か良い案、無い?
そんな思いの込められた視線を受け、口を開いたメンバーがひとり。
「はい。"LILY"とかはどう?」
片手を挙げて意見を出したのは、ベース担当の矢継だった。
このメンバーの中では比較的大人しいというか、静かな方である矢継がいの一番に意見を出すとは。
それを俺は意外に感じつつも、大人しく後ろの方で成り行きを見守ってみる。
「なんか可愛い感じの単語が来ました! ところで、リリーってどういう意味?」
「英語で"ユリの花"。ほら、このバンドってユリが立ち上げたわけだし」
「なるほど! でも、うーん⋯⋯それだと私だけのバンドみたいになっちゃう気がするかな?」
テストの難問に悩んでいるかのごとき表情で、秦野はうんうんと唸る。
確かに難しいよな、グループの名称を決めるって。
誰かが強く主張してしまえばバランスが取れなくなるし、かと言って無理にメンバー全員の特徴を掲げようとすれば絶対に長ったらしくなる。
しかも、単語ひとつだけの名称だと他のバンドと被る危険性も余裕で出てくるしなぁ。
問われるのは語彙力。そして圧倒的なネーミングセンスと、頭の柔らかさと言ったところか。
「ね、秦野さん」
「おっと鴾浦さんっ! まさか何かいい案が!?」
「んーん。案というか、提案⋯⋯あ、それも結局一緒な意味か」
「何かな何かなっ。思ったこと全部、ぐわーって言っちゃって!」
俺が早くも手持ち無沙汰となってきた頃、鴾浦が秦野に意見を出す。
対して、残りのメンバーである涼と倉科は静かなままだ。まぁこの二人は普段からあまり喋る方でもないしな、妥当と言えば妥当な立ち位置か。
「えっとねー。バンド名を決めるって言うなら、まずは方向性とかを決めなきゃだと思うんだよね」
「方向性?」
「うん。例えばさ、オリ曲を作って披露するタイプのバンドか、それともコピバンかとか。そっちが決まったのなら、次はどういうジャンルを演奏していくか、とか」
鴾浦が首を傾げる秦野へと説明していく。
「で、そう言った事を決めてく中で出て来た単語とかを組み合わせたら、私達のイメージするバンド名になるんじゃないかな〜、って」
──まあ、実際にバンドを組んだのなんて初めてだから私も分からないけどね。
最後に鴾浦はそう付け足して、自らの意見を言い終えた。
一理あるな、と俺は思う。
未だ俺達はお互いの事をよく知らないと言っても過言では無いのだから、何かしらの指針を定めておくというのは今後のためにもなる。
「お〜! じゃあ名前決めと一緒にその辺も話してこっか! ちょうど皆揃ってるわけだもんねっ」
両手を合わせてにこやかに笑いながら、話し合いを続けていく秦野。
⋯⋯楽しそうで何より。
そう思う俺ではあれど、やはり内心では多少のアウェイ感も否めないままに、彼女達の会話を傍観するのであった。
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