第8話 魅せ

「あー、そっかぁ。何の曲を弾いてもらうかは決めてなかったなぁ」


 鴾浦は顎に指を当て、考える素振りを見せる。


「んー⋯⋯それじゃあ、一番最近に練習した曲で」


「思ってたより雑なリクエストだな。まぁ良いけど」


 無茶振りをされるかもな、と内心では覚悟していた俺にとって、拍子抜けしてしまう内容のリクエストだった。

 しかし、最近練習した曲となると⋯⋯。


「結構マイナーなアニメの主題歌だぞ。それでも大丈夫か?」


 数年前に放送されていた、とある少年漫画のアニメバージョン。

 一番最近に練習した曲となれば、その主題歌を演奏することになるのだが。はたして、このメンバーに伝わるのだろうか。


 俺がそんな心配をした直後、鴾浦が口を開く。


「知ってるかどうかなんて些細な問題だよ、つっちー君。大事なのは聞き手の心に響くかどうかだと思うんだよね」


「へぇ。ま、知らねぇ曲でも感動する事はままあるわけだしな」


 むしろ、新しい曲にハマったりする時はそこが大抵の人のスタートラインだ。

 ⋯⋯つまりアレか。俺の演奏で、この場に居るヤツらの鼓膜に曲のメロディを刻み込ませろってか。


「やってやんよ⋯⋯」


 人前でギターを演奏するなんてこと、中学時代には一度も無かった。

 正確に言えば、涼や親の前で弾いた事はあるにはあるが。けれどもやはり、一人で練習する時間が大半だった。


 視界の中に鴾浦達が映り込む。

 緊張を紛らわすために、軽く息を吐き。


「⋯⋯じゃあ演奏すっぞ。終わった後、無言になんのは恥ずかしいから無しな?」


 ──そう言って、俺はピックを振り下ろす。

 同時に指先へと伝わる弦の抵抗が心地良く、徐々に徐々にと俺自身のテンションも高まっていく。


 俺が弾き始めたのは、ややアップテンポな曲調のアニソンだ。

 この曲を気に入った理由は"ギターの演奏がカッコイイから"だなんて単純な理由で、それがアニソンだと知ったのは曲名をインターネットで調べた時だった。


 ⋯⋯いや、俺と曲との馴れ初めはどうでもいい。

 今は演奏するのを楽しもう。


「ははっ」


 気が付けば、緊張なんて吹き飛んでいた。


 今、俺の心を占めるのは圧倒的な衝動のみ。

 早く次の旋律を奏でたい。けれど、最高のパフォーマンスを発揮するにはコンマ数秒耐えなければならない。

 まるで餌を前にお預けされた犬の気分、とでも例えてみようか。


 指を動かし、弦を掻き鳴らす。

 ただひたすらに、音を紡ぐ。


「Bメロ終わり。こっからサビだ」


 こうなってしまえば、後はもう突っ走るだけだ。





(おー。演奏の準備、手馴れてるねぇ)


 鴾浦恵は、テキパキとチューニングを終えていく宗次を見て感心していた。


 弾き手がどれだけ日常的に練習してきたのかは、演奏前の準備段階で最低限は分かるもの。

 これに関しては、ギター以外の楽器にも共通することなのだろう。そういう風に鴾浦は思っている。


 その上で、彼女から見た宗次の演奏準備は合格圏内。

 鴾浦恵という少女は普段こそ飄々としているが、"ギターの演奏"という一点においては自信家であった。でなければ、他人への合否の判断を付けられるはずも無い。


(⋯⋯あ。つっちー君の演奏、始まった)


 余談とはなるが、彼女は学生向けのギターコンクールへと過去に四回出場したことがある。

 結果、その全てにおいて表彰台へと乗る程の実力と才能を持った少女こそが、鴾浦恵だ。

 彼女にとってギターとは、我が身であって無二の親友。

 もはや偏執的なまでの愛と言っても差し支えのない感情をギターへと抱いたりもする、特異な少女──そんな鴾浦が鶴賀宗次というただのクラスメイトに興味を持ったのは、ただの偶然なのか。


(⋯⋯⋯⋯あは。つっちー君、私と同じ変態タイプかも。ギターを弾く時、頭がかなりイカれてる)


 彼女は身震いする。

 当然、プロのギタリストには一定数の狂人がいる。

 例えば、ギネス記録に乗るくらいに早弾きを極めた人。例えば、意識がなくともギターを弾けるほどに身体へと動きを刷り込ませた人。


(きっと、つっちー君もコッチ側。そんな相手と同じクラスになるなんて、奇跡だよ)


 どうにかして、彼を手に入れたい。

 そのためになら、どんな事でもやってみせる。


(──いや、私も私の音でつっちー君を惚れさせてみたいかな)


 だったらまずは約束を守ろう。

 自分が彼の音に惚れてしまった事は、間違いないから。


「高校生活、意外と楽しくなりそうだなぁ」


 小さく呟かれたその声は、宗次が奏でるギターの旋律に上書きされていった。





「すっ⋯⋯げーな、つっちー! 想像してた百倍は凄かったな! なんつーかこう、凄かった!」


「うるさっ⋯⋯騒ぐな、絡むな、引っ付くな! 耳元で大声出すんじゃねぇ!」


 演奏が終わるや否や、凄い勢いで肩を組んできた平良を引き剥がす。

 だが、決して嫌な気分ではない。むしろ思春期特有の照れ隠し的なアレだ。

 真っ直ぐに褒められて喜ばないほど俺はひねくれ者じゃないからな。

 凄いと言って貰えることは嬉しいし、他にも──⋯⋯あれ? よくよく思い返せば"凄い"ってワードを連呼されただけじゃね?


「お疲れ様です、宗次君。いつも通り、感情を音色に変換したような演奏でした」


「ありがとな。思ってた以上に普段通りだったわ」


 飲みさしだったコーラを涼から受け取り、そのまま飲み干した。

 コイツはコイツで毎回褒めてくれるからな。

 ギターに対するモチベーションが長年続いているのは、何気に涼の存在がデカかったりする。


「で、鴾浦はこれで満足したか? なんならまだまだ演奏できるぞ」


 俺は視線を上げ、部屋の入口付近で清聴していた女子組を見やる。


「⋯⋯思ってた倍くらいは満足したかな。まさかここまでの腕だとはねぇ」


「お。じゃあ──」


「うん、約束だしね。⋯⋯というか、元よりお試しで入るつもりではあったけど。、私も正式に加入しよっかな」


「よっし。これで俺もお役御免⋯⋯⋯⋯えっ?」


 何だか余計な条件が付けられてた気がするんだが。気のせいか?


「おー! これで鴾浦さんもメンバーだねっ!」


「待て待て待て、鴾浦。俺が居るならってのはどういう意味だ?」


 花の咲いたような笑顔で喜びを露わにする秦野を他所に、俺は鴾浦へと質問を投げかける。

 すると鴾浦はあざとく首を傾げ、


「えっ? そのままの意味だよ、つっちー君。ローディーが居るバンドと居ないバンドじゃ快適度が大違いだもん」


 と、俺を引き留める旨を口にした。


「ろーでぃー? ⋯⋯って何なのつっちー。俺、専門用語とか分かんないんだけど」


「ローディーってのは、バンドのアシスタントみたいなもんだ。楽器の運搬だとかチューニングだとか、マジで色んな事をやる人達のことなんだが⋯⋯」


 鴾浦は、どうやら俺にそれをやらせたいらしい。


 当然、ローディーは別にギターのチューニングだけすればいい訳じゃない。

 ベースにドラム、キーボードなどなど。

 バンドの演奏に使われる楽器達の特徴や扱い方を理解している必要がある、明らかに一介の高校生が出来る内容の仕事ではないのだ。


「つっちー君が抜けるのなら私も抜ける気満々だけど、どうする?」


「はぁ!?」


 わけが分からない。

 何故、しっかりと鴾浦の求めるがままに行動した結果、振り回されなければならないのか。


 だが鴾浦が居なくなってしまえば、結局俺がツインギターの片割れとしてバンドに加わる事となる。

 そうなってしまえば本末転倒。俺が居るにも関わらず鴾浦が居ないという状況になってしまう。


「⋯⋯あぁもう、よく分かんねぇ⋯⋯。涼、俺はどうすりゃ良いと思う?」


「わ、私に聞くんですか」


 だって頼れる相手が少なすぎるんだもの。


「そうですね、最悪逃げても誰も攻めないと思いますが⋯⋯」


「あ、マジ?」


「⋯⋯ですが、私としても宗次君が居てくれれば安心出来るというのが本音です。だから最初、私は宗次君に声をかけたんですよ」


 いつも通りの淡々とした口調だが、その言葉には確かな感情が込められていた。


「その上で、私は宗次君の選択を尊重します」


「⋯⋯幼馴染にここまで言わせて逃げるのは、流石にプライドが許さねーよ。仕方ねーなぁ⋯⋯」


 盛大にため息を吐き、頭を搔く。

 涼のお陰で、俺の意思も固まった。


「わーったよ⋯⋯やりゃ良いんだろ、やりゃあ。なってやるよ、アシスタント!」


 さて、この判断が吉と出るか凶と出るか。


 ──願わくば、俺の高校生活が平穏なものでありますように。

 そう、心の底から祈ったのだった。

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