第7話 大所帯
「いや、大所帯すぎんだろ」
帰宅途中、俺は呆れ混じりにそう言い放った。
「あははっ、ごめんごめん。でもさ、何気にこういうのも青春って感じがするよね!」
俺の呟きを拾ったのは、すぐ後ろを歩いている秦野だ。
授業を終えての帰り道。
仲良くなった異性のクラスメイトと一緒に二人きり──なんて事は一切なく。
「ユリ。あんまり広がりすぎると他の通行人に迷惑だから、こっちに来なさい」
「ぴゃっ!? も〜、いきなり引っ張らないでよ八重ちゃん! びっくりしたじゃん!」
コミュ力の化け物である秦野を筆頭に、彼女のクラスメイトである矢継八重が後ろに続く。
「ね、倉科さんの家って楽器屋さんなんだよね。今度見に行っても良い?」
「へ⋯⋯? え、わ、私の家に、鴾浦さんがですか?」
「うんうん。楽器⋯⋯というより、ギターが好きなんだよねぇ、私って」
秦野と矢継のさらに後ろには、彼女達と同じA組の倉科海々。
そして現在進行形で倉科へと絡んでいるのが、この状況を作り出した元凶とも言える鴾浦恵。彼女だけは他の面子と違い、A組所属ではない俺のクラスメイトだ。
女三人よれば姦しいとは言うが、まさにその通りだと痛感する。
歩いているだけなのにも関わらず、背後からきゃいきゃいと楽しげな声が耳に入ってくるのは年相応の女子達だからこそだろう。
「──こうやって宗次君と帰るのは高校に進学してから初めてですね」
ぼうっと前を見ながら歩く俺の隣には、俺自身の幼馴染である涼が並んで歩いていた。
俺は涼の歩幅に合わせながら、
「まだ入学してから五日しか経ってねぇけどな。⋯⋯にしても新鮮だわ、俺らが揃って帰る時に他のメンバーが居るってのは」
と、高校に入学する以前のことを思い出し、口にする。
俺と涼は家が隣ということもあって時折一緒に帰ったりしたのだが、第三者を交えて帰路に着くというシチュエーションは記憶になかった。
「不服、ですか?」
「⋯⋯べっつに」
騒がしいのも嫌いじゃ無いしな。
さすがに五人もの女子を引き連れて、というのは想定外の出来事だが──、
「⋯⋯あ。つっちー、自販機寄ってきていい? コーヒー飲みたい」
「ダッシュで行ってこい。⋯⋯いや、俺も着いてくわ。あの集団を外で引き連れるだけの度量は、今の俺にはおそらく無ぇ」
そう、今この状況は俺を含めて男子が二人。
平良という強力な助っ人を侍らせる事により、俺の精神は安寧を得たのだ。
涼もそうだが、他の女子四人も顔が整っているからな。
すれ違った通行人とかもチラチラ見てくるし、そんな連中を男子一人で率いるとなれば確実に胃に穴があく。
で、そんな俺らの目的地はというと。
「つっちー。家まであとどんくらい?」
「二十分も歩きゃ着くぞ。雨の日だろうが風の日だろうが、余裕で徒歩圏内だ」
「雨の日くらいはバス使ってもいいっしょ、別に。⋯⋯にしても家近すぎ! 羨ましっ!」
「お前、中学校一緒だったろ。それなのに家、遠いのかよ」
「徒歩だと一時間はかかるしさ。その半分って考えたら普通に羨ましいって」
現在の目的地は俺の家。
そうなった理由は当然、昼休みの出来事によるものだ。
具体的に説明するならば、まず鴾浦が俺の演奏を聞きたいとか言い始め。
しかしギターは家に置いてあるから無理だと渋ったところ、何故かここまでの大所帯で俺の家まで着いてくることに。
⋯⋯あれ?
俺、確か断ったよな。年頃の女の子が軽々しく異性に着いていくんじゃありません、的なニュアンスで。
「あ! 宗次クン、コーラ飲んでる! いいないいな〜、ちょっと分けてよっ」
「却下」
秦野が道端の縁石を飛び越えてやってくる。
⋯⋯そういやこうなった原因の一端を担ったのはコイツだったわ、と。俺は昼休みの事を思い出した。
昼休み、鴾浦が家まで着いてこようとしたのを断ったところをどうやら見ていたらしく。
かと思えば「洲宮さんに着いていくって事にしたら問題ないよね!」だなんて提案をしてきたのだ。
確かにそれなら異性にホイホイと着いていくうちには入らない。
けど、鴾浦を──というより、コイツらを家に連れていくという結果は何も変わらないんだよなぁ。
「ま、仲はこれからより深めてくって事で」
呟いて、足早に自動販売機から離れる。
「つっちー、女子との関節キスとか意識する感じなんだ。ピュアすぎっしょ」
「そういう仲を深めるって意味合いじゃねぇよ、馬鹿。⋯⋯で、涼は何やってんだ」
自販機の前で立ち止まったままの涼が気になり、声をかけた。
「いえ、どのジュースを買おうかなと⋯⋯」
「コーラ飲むか? 飲みさしで良けりゃだが」
「あ。いただきます」
俺は手に持っていたペットボトルを渡す。
買ったばかりで冷たさの残るコーラを、涼が喉を鳴らして二口ほど飲む。
そんな俺達二人に向けられる、平良からの見守るような視線はスルーして、
「じゃ、このまま家に向かうか。⋯⋯今日、母さん家に居たっけなぁ⋯⋯」
再度、我が家に向かって歩を進め始めたのだった。
┅
「着いた。ここが俺の⋯⋯っつーか俺の家族が住む家だ」
三水高校からみて西方面にある、閑静な住宅街。
複数ある区画の中、中央寄りの地区に俺の家はあった。
「わ。普通だ」
「悪かったな普通の家で。ちょっと待ってろ、家に親が居るかだけ確認してくるわ」
矢継による真顔での発言を軽く流し、玄関扉を引いて開ける。
「たでーまー⋯⋯っと、今日は母さん仕事っぽいな。靴がねぇ」
よし、これならある程度騒がしくしても怒られないな。
ならば話は早い。
父親が昔ギターを弾く時に使っていた防音の部屋があるから、先に皆をそっちに案内してしまおう。
家の入口付近で待機している涼達へと、中へ入ってくるように合図を出す。
「お邪魔しまーす」
平良を先頭に続々とドアを抜けてくる友人達。
最後に涼が玄関扉を後ろ手に閉め、ローファーを脱いで廊下へと足を踏み入れた。
そのまま俺は廊下を真っ直ぐ歩き、突き当たりを左に入った一室へと皆を案内する。
「ん。ここが一応ギター練習用の防音部屋だ」
「「広っ!?」」
秦野と平良が声を上げて驚くが、その声も壁に吸収されるために反響はしない。矢継も声を上げてこそはいないが、驚いたように目を大きく開けている。
一方、鴾浦と倉科の二人はそこまで驚いた様子は無かった。倉科の家は楽器屋だと小耳に挟んだし、そういった面で見慣れているのだろう。鴾浦は知らん。
涼は──まぁ、幼馴染として何度もこの部屋には来たことがあるから当然のごとく普段通りだ。
「あ。その壁に立てかけてあるギター、つっちー君のだよね」
部屋の隅にあるギタースタンドを鴾浦が指差した。
シンプルな黒色のスタンドに立てかけられているのは、黒と茶色でサンバースト状に塗装されたストラトキャスター。
これだけ聞けばややこしいが、楽器屋でよく見るデザインのギターだと思ってくれれば良い。
「おう、俺がまだ小学生ん時に貰ったギターだ。直ぐにチューニングだけ終わらせるから、待ってろ」
興味津々な様子で視線を飛ばす鴾浦を他所に、俺は愛用のギターをスタンドから取り外し、手に持った。
軽く弦に指を触れれば、少し緩められている。
学校に行っていて弾けない間の弦への負担を減らす事を考え、弦のテンションを調整してから登校したのだから、当たり前の状況だ。
六本の弦をひとつひとつ鳴らし、ペグと呼ばれるネジの形をした部品を捻って音を正しくチューニングしていく。
「⋯⋯⋯⋯よし。で、俺は何を弾けば良いんだ?」
自然と友人達の視線が俺の方へと集まる中。
俺は、品定めするかのごとき視線を唯一向けてきていた鴾浦へと視線を返し、リクエストが無いかを確認するのだった。
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