第6話 誤解

「何でもって⋯⋯女子が軽々しくそういう事言うんじゃねーよ。どんな事命令されるか分かったもんじゃねーぞ」


「大丈夫。つっちー君が私にお願いする事、想像着いてるんだよね」


 鴾浦はヘッドホンに手を当てながら立ち上がり、言葉を繋ぐ。


「ギター弾けるよ、私。見つからないんでしょ」


「⋯⋯マジで?」


 続けて彼女は口角を上げ、俺を釣るための餌を目の前にぶら下げて来た。


 灯台もと暗し、ってやつか。

 わざわざポスターを作成して全校生徒向けに貼り出さなくとも、俺のすぐ後ろにチャンスは眠っていたらしい。


「ちなみに何歳くらいからギターやってんだ?」


「小学三年生の時に子供用のやつを触り始めて、中学生に進級した時にストラトギターを買って貰ったから⋯⋯ちゃんと始めたのは三年前かなぁ。でも、結構上手く弾ける自信はあるよ」


「なるほど。そりゃ頼もしい」


 それが本当の事なら、確かに俺の求めていた人材だ。

 女子で、ギターが弾けて、しかも同学年。

 この三つの条件が揃っている相手が意外と見つからないという事は、昨日と今日とで散々知る羽目になったからな。

 であれば目の前で得意げに目を瞑っているクラスメイト、鴾浦を逃す手はないだろう。


「で、俺が鴾浦に気に入られたら⋯⋯ってのは?」


 彼女が言っていた、俺の頼み事を聞いてもらうための条件が何なのか。

 当然のごとくそこが気になり、質問をする。


「んー⋯⋯」


「え、何も考えずに言っちゃった感じ?」


「うん」


 何だこの女子。

 不思議というか、読めないというか。


「どうしよっかな。つっちー君も何か案出して」


「いや分からんって。一週間くらいパシリやれば良い?」


「プライドが無いねぇ」


 一言多いな、鴾浦さん。

 しかも俺がパシリになるという案はお気に召さなかったっぽいし。


「つっても俺に出来ることなんざタカが知れてんぞ。唯一の特技だって──」


「あ、そうだ。ギター、弾いて見せてよ。つっちー君も弾けるんでしょ?」


 ──唯一の特技だって、ギターを弾けるくらいだ。

 そう言おうとしたタイミングで、鴾浦は俺へとギター演奏のリクエストをしてきた。


「⋯⋯俺、家族と涼以外の前で演奏なんてした事ねぇんだけど」


「気になるよね、クラスメイトの演奏って」


「⋯⋯⋯⋯」


 どうやら鴾浦の中で俺を気に入る条件は確定したらしい。

 が、詳細は俺には分からない。

 ただ単に目の前で演奏するだけで良いのか、それとも演奏で心を動かさなければダメなのか。


 まあ、どっちでも良いか。

 どうせ鴾浦のスカウトに失敗してしまった場合はより多くの人数相手に演奏する事になるのだ。

 ならば、クラスメイト一人を前にしてギターを弾く事に緊張する必要なんて無いだろう。


「分かった。けど、流石にギターは家に置いてあるしなぁ⋯⋯どーすっか」


 放課後に一回取りに帰る、という手もある。


「家まで着いていこっか?」


「初対面の男子にホイホイ着いていこうとすんじゃねーよ。危機意識はちゃんと持とうな」


 別に襲おうとか考えちゃいないけども。

 けど、その辺の線引きは大事だ。世間体的に。

 俺の場合は特に涼のヤツから何を言われるか分からんからな。アイツに軽蔑されたら普通に傷付く。


「なるほど、バンドマンっぽくは無いんだ」


「世の中の真っ当なバンドマンに謝れ」


「はぁーい」


 どうしよう。

 別にコミュニケーション能力が低いわけでもないのに、鴾浦さんとの丁度いい距離感が掴めない。

 こういう時に限って、平良のヤツもトイレから帰ってこないし。


「ん」


 と、そこでふと肩を叩かれる感覚。

 鴾浦さんの視線も俺の背後に向けられている。


「お、平良。おかえり──むぐっ!?」


 振り向いたと同時、頬に細いものが突き刺さる感覚。

 おそらくアレだ。漫画とかでよく見る、振り向いた相手に指先を当てるやつ。


 けど、誰だ?

 平良ならやりかねんが男同士では流石にやらんだろうし、涼もそんなノリをしない。

 だったら選択肢はほとんど無いに等しいが。

 ──俺は視線をずらし、相手を見やる。


「あははっ、引っかかった! おはよ⋯⋯じゃないね、もうお昼だし。こんにちわ、宗次クン!」


「って、お前かよ。驚かせやがって」


 涼が所属する予定のバンドにおけるギター担当、秦野揺籃がそこには居た。

 サイドに束ねられた金髪が彼女の動きに合わせて揺れており、ついつい目で追ってしまう。


 ⋯⋯違う、そうじゃなくてだな。


「急にどうしたんだよ。なんか用か?」


 秦野が俺の所を訪れた理由を端的に聞く。

 俺と秦野が出会ってからまだ三日目だ。コイツがこうやって休み時間に俺の所へ来たのは、何気にこれが初めてだが。


「用事なんて無いよ? ちょうどF組の前を通ったからさ、教室を覗いて見たんだ。そしたらなんと、宗次クンが居るじゃありませんか!」


「つまり用事は特になし、と」


 ちょっかいをかけに来ただけかよ。

 考えてみれば、休日とかは毎日友達の家に遊びに行きそうなタイプだしな。らしいと言えば、確かにらしいが。


「あ、そうだ。鴾浦、この見るからに活発な金髪女子が──」


「秦野さんだよね。顔見知りだよ」


「え」


 予想外の切り返しに、思わず固まる。


「へ? ⋯⋯あー! 鴾浦さんだよね!? うわー、なっつかし〜!」


「や、秦野さん。小学校ぶり」


 困惑している俺の隣で会話が盛り上がっていく。

 おそらく旧知の仲であろう相手との再会に目を輝かせている秦野と、そんな秦野に片手を挙げて返事をする鴾浦。

 そしてこの二人に挟まれている立ち位置の俺はというと、状況を飲み込みきれずに狼狽えている最中だった。


「お前ら、知り合いなの?」


「そうそう! 昔、小学生向けのギター教室が駅の方にあってさ。私も鴾浦さんもソコに通ってたんだよね〜。いやー、懐かしいなぁ」


 うんうん、と頷く秦野。

 進学すれば新たな出会いがある、というのは当然のことだが──なるほど、人によっては再会の場となる事もあるらしい。


 探せば同じ幼稚園の同級生とかも居るかもしれないなー、なんて思考に浸っていると。


「⋯⋯あ、そうだ! ねぇねぇ、鴾浦さんってバンドとか興味無いかなっ?」


 いったい何の偶然か。

 はたまた、これは必然的な流れなのか。

 秦野は鴾浦の事をバンドメンバーとして誘ったのだった。


「ありゃ。ちょうどつっちー君ともその話をしていた所なんだよね」


「ホント!? すっごい偶然だね! 大手柄だよ、宗次クンっ」


 ⋯⋯お。

 このまま行けば、俺が手を出さずとも鴾浦がバンドに加わってくれるのでは?

 そんな希望を抱いたのも束の間、


「秦野さん、ごめんね? 入ってあげたいのは山々なんだけど、私がつっちー君に惚れる事が条件なんだよね」


「何でだよ」


 自然と口からツッコミがこぼれる。

 最初に俺が聞いた条件とだいぶ違うぞ。何だよ惚れさせるって。


「え? あれ、宗次クンには洲宮さんが⋯⋯あれぇ⋯⋯?」


 ほら見ろ、秦野もキョトンとした顔で瞬きしてんぞ。

 ⋯⋯いや待て。こっちもこっちで少し変な事を言ってるんだが。


「あのなぁ、秦野。俺と涼はただの幼馴染ってだけで付き合っちゃいねぇからな?」


「なっ、なるほど。つまり宗次クンの本命は鴾浦さんって事なんだね!」


「それも違う!?」


 秦野の声がデカいせいで他のクラスメイト達からの視線が刺さる刺さる。


 結局。

 この後、秦野が招いた多大なる誤解を解くために一から説明した事は、わざわざ言うまでも無いだろう。

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