第5話 後ろの席のクラスメイト
──で。
あれから二日が経った後の、昼休み。
「おい、日直誰だー? あー、っと⋯⋯鶴賀と鴾浦《ときうら》か。お前ら、プリント配るの手伝えよー」
「⋯⋯⋯⋯はぁ。どうすっかなー⋯⋯」
「⋯⋯日直ー」
「やっぱ俺がバンドに入るしかねーのかな。他に良い手は──⋯⋯うおっ、竹林先生。何か用ですか?」
考え事をしている最中、ゆっくりとした足取りで隣までやってきたのは白衣姿の担任だ。
思考中だったせいで話を聞いていなかったが、多分俺の事を呼んでいたのだろう。
で、反応がなかったから横まで歩いて来た、と。
その腕には束ねられたプリントがあり、配るか、もしくはこの前のように他所のクラスに運ぶかを頼まれるのだと察することが出来た。
「ほら、プリント配るの手伝え。今日の日直は出席番号九番と十番だ」
「九番って⋯⋯あぁ、俺っすね。んじゃあ、プリント半分ください。残りはもう一人の日直にでも」
現在の座席は出席番号順。
つまりもう片方の日直担当は、俺の後ろの席に座っているクラスメイトだ。
そう思って後ろを振り向いてみるが──、
「⋯⋯んあ?」
「あ、つっちーの後ろの席の女子なら昼休みになった瞬間教室出てったの見たよん」
「マジか」
じゃあ日直って俺しかいないじゃん。
俺も昼休みが始まったタイミングで教室の外に出とけば良かったか。そうすれば運良く日直の仕事をサボれた物を。
「仕方ないなー。手伝ってあげよっか?」
「お。すげぇ助かるわ。まだクラスメイトの名前とか全然覚えてねーし、プリント配るのも一苦労なんだわ。なんなら、日直のペアの名前すらうろ覚えだ」
「鴾浦さんだっけ? いっつもヘッドホンしてるよね〜、あの人。何聞いてんだろ」
平良はそう言いながら、目の前の竹林先生から残りのプリントを受け取る。
「ん。じゃあ先生はやる事あっから、ソレ配るの任せた」
「「あーい」」
二人揃っての適当な返事。
高校生らしいと言えば高校生らしいその返事に対し、竹林先生は薄らと笑みを浮かべながら教室を出ていった。
──さて。
俺も俺で、さっさと受け取った分のプリントは配っちまおうか。
「よっ⋯⋯と。何枚あるんだこのプリント? 結構重いな」
「ざっと見た感じ、六種類くらい? クラスの人数が四十人だし、合計で二百枚以上あるね〜。ま、それを半分に分けたワケだけど」
「うおぉ⋯⋯そう考えたらマジで助かる。後でコーヒー奢るわ」
「せんきゅー。微糖でお願いね!」
こんな何気ない会話を交わしつつ、教室内をあっちこっちと歩き回ってはクラスメイトの机の上へとプリントを置いていく。
そんな中、
「そーいやさ、つっちー。あの話ってどーなったん?」
「あの話って⋯⋯あぁ、バンドメンバー募集の話か。どうも何も、現実の厳しさってのを実感してるとこだ」
「あ、誰も来なかったのね」
⋯⋯皆まで言うなっての。
"あの話"と言うのは、件の涼が所属する事になっているバンドのメンバー募集についてだ。
二日前の放課後に、涼以外のメンバー三人も交え、ギターを弾ける女子を募集するためのポスターを二時間ほどで何とか制作。
パソコンを用いないアナログな制作方法ながら、そこそこのクオリティに仕上がった──そう思っていた。
しかし、結果は惨敗も惨敗。
貼り出し始めてからの期間がかなり短かったとは言え、誰一人として面接を受けに来ないとは思っていなかった。
「俺も俺で仲良くなった女子に声はかけてみたんだけどさ、ギターやってる子ってなるとやっぱ少ないと思うよ。つっちーも適当に声かけたりとかしたんでしょ?」
「したよ。したけどよ⋯⋯誰コイツ? みたいな視線向けられてばっかで、心が折れた」
「うわぁ」
ちなみに涼達の方も結果は振るわなかったらしい。
楽器に興味のある女子というのは思っていたより少ないらしい。歌が好きな女子は多いんだけどな。
「で、どーするん? 結局つっちーがギターやる流れになっちゃいそうだけど」
「そうするしかねぇんだよな。代わりの女子を見つけらんなかったら、そん時は俺が入るって言っちまったし」
可愛い女子四人に対し、見た目が平凡な男子一人。
やっぱ着ぐるみでも着てやってやろうかな。たまに居るだろ、有名なバンドにもそんな感じの人。
「練習の最中とかはクソ楽しそうだけどな⋯⋯いや、結構気を遣うシチュエーションとか出てきそうだ」
「まあ、女の子って繊細だからねぇ。つっちー、気をつけなよ? 刺されたくなかったら」
「怖っ!? お前、過去に何やらかしたんだよ!?」
「いやいや、もしもの話だってば。俺、女子との距離感を掴むのは得意だしね〜」
なるほど、例え話か。
刺された経験があるのかと思ってビビったわ。
コイツ、羨ましいことに顔は良い方だからな。
中学時代はサッカー部に所属していたという事もあって、傍目から見ていて結構モテていたイメージがある。
当時は大して関わりも無かったし、実際のところの恋愛事情はよく知らないが。それでも名も知らぬ女子と帰っているシーンを何度か目撃したことがあるくらいだ。
まあ、だからなんだと言う話だが。
平良がモテていようがいなかろうが、俺には直接関係の無い話だしな。
「⋯⋯っと、コレで最後か。平良は?」
「俺もちょうど配り終わった。⋯⋯うーん、ちょっちトイレ行ってこよっかなぁ」
「いってら。俺は次の授業の準備でもしとくわ」
コーヒーを奢るのは後でで良いだろう。自販機、遠いし。
平良が帰ってくるまでは適当に時間を潰すか。
俺はスマホを取り出し、通知欄を眺め始める。
「お、涼のヤツから連絡来てら」
皆が使っているSNSアプリである"LIME"を開き、内容を確認。
見れば、今日の放課後にも件のメンバーで集まる予定とのこと。普通の連絡事項を相変わらず堅めの文面で届けられていた。
⋯⋯俺も行かなきゃならんよなぁ。
あれだけ任せろ的な雰囲気を出しておいて人を集められてないんだから、気が重いというかなんというか。
危うく本日だけでも何度目か分からないため息を吐きかけた、そんな時。
「⋯⋯⋯⋯」
「ん? ⋯⋯うおっ。あー、えーっと⋯⋯」
机の左サイドから覗き込むような形で、話したことの無い女子が見上げるように視線を送って来ていた事に気が付く。
彼女は黒い髪を長く伸ばしており、その首元にはヘッドホンが着けられていた。
唐突な邂逅に、俺はしどろもどろ。
未だ友人が少ないとは言え、このクラスでヘッドホンを普段から着けている女子が居ることは知っていた。
が、名前は出てこず。
「⋯⋯やぁやぁ。後ろの席の鴾浦さんだよ」
「お、おう。そうだったそうだった、悪いな鴾浦さん。名前は知ってたけど、急すぎて頭が追いつかなくてよ」
相手から名乗られ、やっと思い出す。
鴾浦
どこか引き込まれるような印象を受ける目付きの、独特な雰囲気を持った美人。
そんな彼女は俺を見て、
「ね。つっちー君てさ、ギターやってるんだよね」
「あー⋯⋯まぁ。趣味程度には」
「ほうほう。それじゃあ、そんなつっちー君に良い提案をしてあげよう」
そのまま鴾浦は、何を思ってか俺の左手を取り。
指先をしげしげと眺めながら、続きを言い放った。
「──私がキミを気に入れば、何でも言う事を聞いてあげるよ。⋯⋯一個だけ、ね?」
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