第4話 似た者

「どーすっかなぁ⋯⋯」


「朝からどしたん、つっちー?」


 登校して早々。

 自分の座席で突っ伏した俺へ、前の席で鞄を片付けていた平良が話しかけてくる。


「ちょっとばかしやらなきゃならん事がな。⋯⋯⋯⋯平良。お前の知り合いにギターやってる女子とかいねーの?」


「ギター? どーだろ。探せば居るとは思うよん」


「マジか」


「あ、でもこの学校には居ないや。ほら、俺らと同じ中学のヤツって俺ら含めて三人しか居ないじゃん?」


「⋯⋯確かに」


 俺、平良、そして幼馴染の涼。

 この三人しか同じ高校に進学しなかったというのも寂しい話だ。


「でも何で急にギター? つっちー、バンドでも組む気なん?」


「俺じゃなくて涼のヤツがな。何か女友達に誘われたみたいでよ。そしたらギター担当が一人足りねぇって言うもんだからさ、何とかなんねーかなーって」


「マジか、ガールズバンドってやつ!? 洲宮さんめちゃくちゃ可愛いもんなぁ。そんな子と幼馴染なんだろ? 俺はお前が羨ましいぜ、まったくよ〜」


「見てくれに関しちゃ否定しねーけど、中身は思いのほかポンコツだぜアイツ。昨日もサラッと俺の交際経験を暴露しやがったし」


 肩を組んでだる絡みをしてくる平良を軽くいなし、そのまま肘を机に立てた。

 昨日のことは大して気にしちゃいないが、それでも何だか愚痴を言いたい気分だった。


「うわぁ、それはドンマイ。だってつっちーってまだ誰とも付き合ったことないんしょ?」


「おまっ、何で知ってんだよ」


「中三の時に洲宮さんに聞いたら教えてくれた」


「俺のプライバシーはどこに行ったんだ⋯⋯」


 言っておくが、別に涼は口が緩いわけではない。

 なんなら秘密にしておいてとお願いされた内容は絶対に口外しないタイプの人間だ。

 そんな彼女がどうして俺の交際経験に関してだけは口が緩いのか。本当に謎だ。


「まぁまぁ、そんな怒ってないでさ。⋯⋯ところで、洲宮さんって昔からあんな感じなん?」


「え、何だよ急に」


「いーからいーから。教えてよ」


 あんまり変な虫を涼に近付けたくは無いんだが。

 ⋯⋯いかん。俺も俺で保護者みたいなこと言ってんじゃねぇか。

 普段からアイツに「保護者じゃねぇんだから」とか言ってるくせにな。


「昔の涼なぁ。ぶっちゃけ今と変わんねぇよ。妙に大人びてるかと思いきや、友達作んのが意外とヘタなとことか──」


「余計なお世話です、宗次君」


「ひょわぉ!?」


 突如背後から襲い来る、俺にとって聞き慣れた声。

 直前まで当人の話をしていたせいで心臓が破裂しそうな程にビビり散らかす。急に話しかけられた時の、あるあるだ。


「あ、洲宮さん。おひさ〜」


「お久しぶりです、平良さん⋯⋯でしたよね? いつも宗次君がお世話になってます」


「うははっ、マジでお母さんみたい。つっちーも親目線みたいな話し方だったし、やっぱ似た者同士としか思えないっしょ」


 俺と涼を交互に見て、へらへらと笑う平良。

 あながち否定できない辺りがとてつもなく歯がゆい。


「で。こんな朝っぱらからお前は何しに来たんだよ、涼」


 朝のHRホームルームが始まるまで三十分はある。

 コイツは暇つぶしに遊びに来るようなタイプでも無い。であれば何か用事があって俺の元へと訪れたと考えるのが妥当だろう。

 そう思って会話を振ると、涼は小さく「う」と怯んで。


「えっと、ですね。以前話したバンドの事で謝りに来た、とでも言えば良いのでしょうか⋯⋯」


「んあ?」


 妙にしおらしく言うものだから、ついつい間抜けな声で返してしまう。


「最初は、宗次君とバンドを組めたら良いなと思って誘ったのですが⋯⋯まさかメンバーが女子しか居ないとは思っていなくて。ごめんなさい」


「あぁ、そっちか」


 話の流れ的に、公衆の面前で俺の交際経験を暴露したことについての謝罪かと思ったわ。


「別に良いっての。新しいメンバーを探せりゃ良いだけだし、無理だったらそれまでだ」


「でも」


「うるせー。俺はやるとなれば楽しむタイプなんだからよ。気にすんな」


 この話はコレで終いだ。

 元々引きずっていたのは俺自身だろ、と言われれば返す言葉もないが。

 涼のしおらしい表情を見てからというものの、そんなのどうでも良くなった。


「⋯⋯ありがとうございます、宗次君。何か私に協力出来そうなことがあったら、遠慮なく言ってください」


「おう。りょーかい」


 言いたい事は言い終えたのだろう。

 涼は教室の出入口方面へと身体を向け、歩き出そうとし──そんな時、平良が声を上げた。


「ちょちょちょ。てかさ、二人って女の子のバンドメンバー探してるんでしょ? だったらつっちーより洲宮さんの方が声かけやすくない?」


「⋯⋯あー。確かに普通はそう思うか⋯⋯」


 俺はその場でぴたりと足を止めた涼を横目に、軽く咳払いをしてから口を開く。


「コイツ、幼馴染の俺にすら敬語が抜けねーレベルで他人と距離縮めんのが苦手なんだよ。その上、素の性格がクールなせいか周りから一定の距離を保たれちまうタイプ⋯⋯あいてっ」


 いつの間にか隣に戻ってきていた涼が、そっぽを向きながら腕をつねってきた。

 こうやって余計なことを言って怒らせてしまう辺り、俺も俺で学習しねぇな。


「⋯⋯つまりはそういう事だ」


 雑に話を締めくくる。


「ま、とりあえずは今日中にポスターでも作って部活勧誘用の掲示板にでも貼らなきゃあな。ここに関しちゃ涼以外のメンバーにも手伝ってもらうつもりだし、何とかなんだろ」


 問題は募集する時の条件をどの程度のものにするか、だが。

 あまり厳しすぎれば誰一人として来ないだろうし、かと言って"ギターが弾けなくてもOK"だとか緩すぎる条件だと目立ちたいだけでやる気のないヤツが湧いて出てくるだろう。


 そんなのを相手にいちいち面接するのも面倒だし、結果的にやる気のないヤツを涼のいるバンドに参加させるくらいなら俺が入った方がマシだ。


「今日の昼休みにでもA組に向かうからよ。どんな内容で募集すんのが良いか、それまでに考えるようアイツらに言っといてくれ」


「分かりました。⋯⋯その間、宗次君は?」


「紙とかペンとか用意しなきゃだろ? その辺は俺がやっちまうわ」


 竹林先生に相談すれば、その辺の備品くらいなら借りれるだろう。多分。

 無けりゃ放課後にでも買いに行けばいいし。


 ──とまぁ、そんなこんなで今日の大まかな予定は決まっているわけで。


「つーことで、俺は今のうちに身体を休めとくわ。具体的には軽く寝る」


「んえ、マジ?」


「大マジ。竹林先生が来たら起こしてくれ」


「別にいーけどさぁ⋯⋯あ、洲宮さんも帰る感じ?」


「はい。宗次君が寝るのなら、私がここに居る意味も特に無いですから。ではまた昼休みに」


 今度こそ教室から去っていく涼へと片手を軽く上げ、俺は俺で机に突っ伏した。

 思えば登校して直ぐの時と同じ体勢に戻っただけだが、学校生活ではままある事だ。


 さて、どんなポスターを作るべきか。大きさはどの程度にするべきか。どのような内容で推していくべきか──。


 そんな事を考えている間に眠気が襲いかかってきて。


「⋯⋯」


「あれ。つっちー、ガチ寝じゃん」


 友人の声がやけに遠のいて感じられる中、俺の意識は微睡みへと沈んでいった。

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