第3話 大問題
「じゃあまず私から自己紹介行きまーす!
長い金髪を右サイドに結び、肩から前に垂らした少女──秦野は元気よく自己紹介を始めた。
声色は明るく、初対面の相手を前に臆する様子もなく腹から声を出している。
なるほど、音感次第ではボーカルに向いてそうだ。そんな感想を俺は抱いた。
⋯⋯そうじゃなくて。
「ちょっ──」
「じゃ、次は私。ここの女子は知ってるだろうけど、名前は
ふわりとした髪質の少女が自己紹介を繋げた。
端的な自己紹介からは、無駄な時間を好まないかのような冷たさが見て取れた。
ユリ、と言うのは秦野揺籃の事なのだろう。
秦野と矢継の二人は隣同士に並んで座っているし、多分当たっていると思う。
「もー、八重ちゃんってばテンション低すぎ! じゃあ次、
「え? あ、えとっ⋯⋯倉科
俺が喋る間もなく、次は涼の隣に座っている茶髪の少女へと会話の手番が流される。
もう何も言うまい。俺は諦めた。
暫くの間大人しく待っていれば、俺の話せるタイミングが来るだろう。
流れ的にも次は涼が自己紹介させられるだろうし、その後に言いたい事を言ってしまおう。
「私もアニソン好きだよ、倉科さんっ。今度カラオケで一緒に歌おーね!」
「うっ⋯⋯は、はい。是非、その時は⋯⋯」
「うんうん! それじゃあ、次は洲宮さん!」
「洲宮涼です。趣味はピアノ⋯⋯ここではキーボードと言った方が良いですかね。後ろに立っている鶴賀宗次君とは幼稚園の頃からの友人です。これから三年間、二人共々よろしくお願いします」
「いや保護者かっての」
いかん。
思わずツッコミを入れてしまった。
「堅い!? 堅いよ洲宮さんっ。三年間とは言わずにさ、高校卒業しても仲良くしてねっ!」
そして律儀に全員分の自己紹介へとコメントをしていく秦野。
もうこの時点で、MCだとかのトーク能力を必要とする仕事はこの女子に任されるんだろうな、と察する事が出来た。⋯⋯他の三人自体のトーク能力が低そう、という理由もあるが。
「じゃあ最後には宗次クン! ぶっちゃけ、前座の四人はお互いの名前くらいは知ってたからね〜。⋯⋯というわけで、キミの自己紹介がメインディッシュだよ! 頑張って!!」
「お、おぅ⋯⋯」
ハードルを馬鹿みたいに上げられたぞ、オイ。
て言うか、この流れって俺も自己紹介しなきゃいけないよな? 断るっていう選択肢が完全に断たれてんぞ。
「あー⋯⋯鶴賀、宗次。涼の幼馴染で、ギターは小学生の頃から触ってる」
「ほうほう?」
え、コレってまだ続けなきゃいけない感じなの?
秦野以外のメンバーを見てみるが、完全に清聴する体勢に入ってるし。
「⋯⋯音楽は色々聞くが、邦楽のが聴く頻度は多いな」
「なるほど、邦楽も洋楽も聴くんだねっ。好きなバンドとかの話で盛り上がれそう!」
「ふーん。洋楽好きだよ、私」
「えと、アニメの曲とかも聴くんですか⋯⋯?」
「待て待て待て。同時に喋んなっての」
聖徳太子の逸話じゃあ無いんだから、同じようなタイミングで話されたら頭がこんがらがっちまうわ。
⋯⋯とりあえず、今のうちに自己紹介を締めくくっておくべきだろう。
で、問題はその後だ。
何度も言いあぐねている、自らの主張を言葉にする機を見計らわねば。
──と、口を開いて良さげなタイミングを虎視眈々と狙い始めた時。
「ところで、宗次君。先程から⋯⋯詳細に言えば自己紹介が始まる以前から、何か言いたげですね。どうかしましたか?」
じっ、と俺の顔を見つめながら、涼が質問を投げかけてきた。
気付いてたのかよ。
だったらもう少し早く助け舟を出してくれても良かったんじゃないか。
ほんの一瞬そう思ったが、まぁあの状況じゃ言い出し辛いわな、と納得してため息を吐くに止めた。
で、俺が言おう言おうとしていた事なのだが。
「──男女比、どうなってんだよ!?」
「うわぉ!? 急に大声出さないでよ、宗次クン!」
「悪い。ために貯めた分、反動がな⋯⋯?」
ようやく言いたい事が言えたと、どうでもいい達成感が凄かった。
「じゃなくて。男女比が1対4はキツいと思うんだが、それって俺だけ?」
「え、別に良いと思うけどなぁ。女の子が一人のバンドだっていっぱいあるでしょ?」
ちょっと違うと思う。
アレは紅一点って感じが大衆にウケるのであって、野郎が女子達に囲まれている姿を見て喜ぶ酔狂なヤツは居ないだろ。
「一人だけ性別が違うってなると疎外感もヤバそうだしさ。何より同性からの嫉妬がただひたすらに怖いっ!」
「そんなに問題かな?」
「大問題だ。これからの学校生活に多大なる影響が出る気がしてならん」
「そっかぁ。⋯⋯そっかぁ」
ん?
見るからに落ち込んでんぞ、この秦野って女子。
「⋯⋯ちょっと」
「うおっ」
いつの間に隣へ来ていたのか、秦野の幼馴染である矢継が俺の袖を引く。
危うくバランスを崩しかけた所を踏みとどまり、何の用かと矢継の方へ向き直った。
すると、彼女は耳元に口をやり。
「ユリってさ、ああ見えて落ち込みやすいんだ。高校に入る前からツインギターで掻き鳴らすの楽しみにしてたっぽくてさ⋯⋯何とか出来ない?」
困ったような声色で、俺の鼓膜を揺さぶってきた。
「んな事言われてもなぁ⋯⋯」
難しい相談だった。
俺が気にしなければそれで良い話だが、さすがに1対4なんて男女比は色々な意味でキツいのだ。
誘いは有難かったが、断らせてもらおう。
そう言って立ち去るのは簡単だった。
だが、
(俺が断ったら涼のヤツが居辛くなっちまうかもしんねぇじゃねーかよ)
面倒な弊害に気が付き、頭が痛くなる。
俺と涼は同じ中学に通っていたが、この場にいる他の三人は違う。つまりはこの三水高校に入学してから涼が知り合った相手だ。
高校デビューのためには⋯⋯とはオーバーな表現だが、新たな環境に身を置いた際に大切なのは"どれだけ周囲と上手くやるか"のひとつに尽きる。
結局は俺個人の考えであるものの。
俺自身がそう思っているからこそ、今この状況ですっぱりとバンドの誘いを断ってしまうわけにはいかない事に今更気が付いた。
「⋯⋯で、残ってくれるの? 残ってくれないの?」
「急かすな急かすな。⋯⋯はぁ」
だったら、妥当な答えを探すしかない。
最悪、俺が周囲からの視線を我慢してバンドに参加すりゃ良いだけだ。覆面でも被っとけば多少はマシになるだろう。
ただ、その前にやれる事はある。
「三日だ。三日くれ」
「三日?」
「あぁ。今週末までに代わりのギター役を探してくる。学年ごとに四百人いるかんな、探せば興味持ってくれるヤツくらい居るだろ⋯⋯多分」
「居なかったら?」
「⋯⋯俺がバンドに入る」
もはや人身御供となる気分だ。
当然、やるからにはしっかり本気でやらせてもらうが。
視界の端では変わらず秦野がしょんぼりとしている。
同時に目に映るのは、もうすぐ午後の一時を指そうとしている壁掛け時計。
「やっべ! 次体育じゃねぇか! そんじゃ、悪いけど話の続きはまた今度な!」
さて。
これから三日間、忙しくなりそうだ。
何だかんだと言いながらも、ほんの少しの期待を胸に。
「ダッシュ、ダッシュ!」
俺は、廊下へと飛び出した。
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