第2話 三日目の昼休み

 高校に入学してから三日目の、昼。


「つっちー、一緒に飯食おーぜ!」


平良たいらか。別にいーけど、俺の唐揚げ勝手に取るんじゃねーぞ」


「もち! そんなイタズラは中学で卒業したよん」


 俺の事をつっちーと親しげに話しかけてくるコイツは、平良将之まさゆき。中学校からの同級生だ。

 歴史の教科書に出てきそうな名前だが、中学時代のあだ名はマッキー。成績は平均未満な代わりに運動神経は良く、分かりやすい欠点と言えば性格が軽薄なところだろうか。


 彼は俺と同じ高校に進学したかと思えば、偶然同じクラスになった上に座席も俺のひとつ前と来た。

 そうなれば当然話す回数も中学時代より増えるわけで。校内でもっとも絡む男友達となるのも自然な流れだった。


 いや、別にコミュニケーション能力が低いから新しい友人が作れないとかじゃないよ? 単に中々その機会が訪れないだけで。

 ぶっちゃけ、まだクラスメイト同士の間にも見えない壁っぽいのが見えなくもないし。

 ⋯⋯否定すればするだけ言い訳にしか聞こえねぇな、コレ。やめておこう。


 俺は勝手に感じてしまった虚しさを胸の奥で噛み殺しつつ、家から持ってきた弁当箱をオープン。


「うはっ、今日も美味そーな弁当じゃん! ねぇねぇ、やっぱ唐揚げ貰ったらダメ?」


「お前唐揚げパン食ってんだろーが。そんなに欲しけりゃ自分で作ってこいよ。早起きして前日に仕込んでおいたヤツを調理して⋯⋯ってのは結構キツいんだぞ」


「んえ? その弁当ってつっちーが作ってんの?」


「おう」


 何せ、ウチは親が片方しかいないからな──この事を言ってもいいのか悩んだが、別に俺から触れる分には問題ないだろうと思い、事情を口にした。


「マジかよ。なんかゴメン!」


「俺は気にしてねーよ。慣れてるしな⋯⋯ほれ」


「うお!? この流れで唐揚げをパスするかよフツー!?」


 平良の前に置かれていたパンの袋の上へと唐揚げを置けば、オーバーなリアクションが返ってくる。


「気が変わったんだよ。食わねーなら回収すんぞ」


「いるいる! めっちゃ食うから! あざます!!」


「うるせぇ⋯⋯」


 クラスでも随一の騒がしさだろうな、コイツ。


「さ、俺も食い終わったし次の授業の準備でも──」


 言いかけたところで、頭に軽い衝撃ひとつ。


「あだっ」


「鶴賀、お前昨日窓開けたまんま帰ったろ」


「竹林先生? ⋯⋯あ、やっべ。忘れてた」


 後ろを振り向けば、白衣を身に着けた担任の姿。

 右手にはバインダーを持っており、それで頭を軽く叩かれたのだと察する。


 ──叩かれたと言っても本当に軽くだ。

 乗せられた、に近いくらいのものだから、体罰だなんだと騒がれるようなものでは無いとだけ言っておく。


 と、まぁ。それはさておき。


「帰り際に確認しに来て正解だったぜ、まったく」


「や、マジで申し訳ないです。完全に頭から抜け落ちてて」


「おーおー、次気をつけてくれりゃそれで良い。⋯⋯あぁ、そうだ。ちょうど良いタイミングだ、罰ゲームがてらこのプリントをA組に持ってってくれや」


「うえっ、俺がっすか」


 入学して未だ数日。

 俺は早くも担任の使いっ走りとなったらしい。


 先生の性格次第では普通に嫌いになっていたかもしれない状況だが、まぁ竹林先生なら別に良いか。

 何だかんだでクラスメイトからの評判も良さげだし、昨日だって俺の事を心配してくれてたっぽいし。


 人は見てくれだけでは測りきれないなー、なんて思いつつ、俺はプリントの束を受け取った。


「お、つっちーA組まで行くん? 着いてこっか?」


「いや、良い。次の授業は体育だから先着替えてこいよ」


 平良と会話をしながら、椅子を引いて立ち上がる。

 そのまま先生の方へ首を捻り、


「コレ、A組に持ってくだけで良いんすよね。配る必要とかってあります?」


「適当に教卓の上にでも置いといてくれりゃー良い。頼んだわ、俺この後出張しなきゃ行けねぇんだよな⋯⋯めんどくせぇ」


 心底面倒くさそうな表情で頭を掻く竹林先生。

 新学期が始まって直ぐにも関わらず出張というのは、確かに忙しそうだ。

 心做しか、どんよりとしたオーラが先生の周りに見えなくもない。


 俺はいたたまれなくなり、その場を後にする。

 具体的には教室の前方側の出入口から退室し、四クラス分挟んだ所にあるA組の教室に向かって歩を進めていた。


「昼休憩は後二十分くらいか。終わるまでに更衣室に向かって、体操服に着替えなきゃな」


 更衣室や体育館のある方面は、A組へと向かっている俺の進行方向とは真逆だ。


 少し早足で向かうか。

 そう思って歩くペースを上げた矢先、


「ん。A組って涼のヤツが居たよな、確か」


 ふと、目的地が幼馴染の所属しているクラスだった事を思い出す。


「ちょうど良い。アイツに持ってって貰うか⋯⋯」


 他所のクラスにお邪魔するのは、若干気が引けるというかなんというか。

 友人が複数所属しているクラスならまだしも、今回は担任に頼まれてお届け物を持ってきただけだしな。直接俺がA組の教室に入る必要もないだろう。


 と、そんな風に考えていたのだが。


「⋯⋯うわ。アイツの座席、結構奥の方じゃねぇかよ」


 辿り着いた教室を覗いてみれば、涼の姿は授業に使われる黒板を真正面にして左前方にあった。

 見れば、他に三人ほどの女子生徒と机を四角にくっ付けて昼ご飯を食べている。

 しかも廊下方面に背を向けており、俺の存在に気が付く事は無さそうだ。


 こうなってしまうと、涼をわざわざ呼びに行く必要性も感じられない。なんなら教卓の方が近いまである。


「しゃーねぇ。さっさと荷物だけ置いて退散すっか」


 俺は、仕方なしにとAクラスの教室に足を踏み入れた。

 多少のアウェイ感があるが、別に早歩きで帰ってくれば良いだけの話だ。

 周りからは「あんな人、このクラスに居たっけ?」みたいな雰囲気で視線を向けられているが、気にするだけ無駄。


 すたすたと教卓の前まで向かい、竹林先生から渡されたプリントの束をどさりと置く。


「よし。このまま──」


 踵を返そうとした、その時。


「私がギターで、洲宮さんのお友達もギターでしょ? ツインギターになるとメロディにも重なりが出てくるって言うかなんて言うか⋯⋯いいよね!」


「その分合わせるのが難しくなるって事も頭に入れといてよね。ベース側からしたら死活問題よ」


「洲宮さんはキーボードで、姫野さんがドラム。バンド名も早く決めたいなぁ」


 ⋯⋯ん?


 涼と一緒に昼ご飯を食べているメンバーから、聞き捨てならない単語が聞こえてきた。それも沢山。


「ねね、洲宮さん。私と一緒にギターやってくれるお友達って、男子? 女子?」


「男子です。鶴賀宗次、F組所属の交際経験は私が知る限りでは一切無し。家事全般が得意で、ギター歴は──」


「おい、涼。人の個人情報ペラペラと流してんじゃねーよ」


「⋯⋯あ、宗次君。何か用事ですか?」


 足早に退散するつもりだったが、つい話しかけてしまった。

 対する涼は一切動じた様子を見せず、いつも通りの淡々とした口調で返答する。


「担任の頼まれ事でプリントを届けにな。で、何でお前は俺の交際経験だとかを暴露してんだよ」


「減る物でも無いですし、少し調べたら分かることですから。それに、前もって公言しておいた方が女の子も寄ってきやすいですよ」


「余計なお世話だっ」


 何だこの公開処刑。

 周りからの視線が突き刺さる。というか、涼の目の前の女子とか腹抑えて大爆笑してんぞ。


 ⋯⋯じゃなくてだな。


「んな事より。お前が誘って来たバンドについて聞きてーんだが⋯⋯」


「はいはーい! キミが洲宮さんの言ってた宗次クンだよね!」


「うおっ!?」


 横から、もとい斜め右前方向から飛んできた元気の良い声に普通にビビる。


「ちょうど良かった。これから一緒にバンドを組むんだし、自己紹介しちゃおうよ! 集まったわけだもんねっ」


 やっぱりか。

 この時、俺の頬は盛大に引き攣っていたに違いない。


 そりゃそうだろう。

 何せ、"この場の五人"となると──女子が四人に対して男子が一人という、明らかにアンバランスな環境にこの身を投げ出される事が決定していたのだから。

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