クールな幼馴染がバンドに誘って来たけれど、メンバーが女子ばっかりだったのでアシスタントに志願しました

ふりたそ

第1話 放課後の呼び出し

 俺こと鶴賀宗次つるがそうじは、極々普通のどこにでも居るような十五歳だ。


 人並みに勉強をして、数人のよく話す友人がいて、年頃の男子らしくカッコイイものが好きなだけの高校一年生。

 高校自体も平凡で、強いて言えば様々な部活動が盛んだというくらいしかこれと言った特徴のない私立の学校だ。

 ちなみに高校の名称は私立三水さんずい高等学校。建設された当初は『氵高校』と書いたらしいが、詳しくは知らん。


 兎にも角にも、俺は世間並みに一般的な男子高校生だ。DKとか略されるヤツ。

 ──とは言ってみたものの、実はまだまだ高校に入学したばかり。

 カレンダーを見れば四月の序盤。春真っ盛りの中、俺はつい二日ほど前に桜の木の下で入学祝いの写真を家族と撮ったばかりだった。


 で、その翌々日。


「ん? 鶴賀は部活見学とかは行かないのか?」


「⋯⋯あ、えーっと」


「竹林だ、竹林。お前の担任だぞー」


 白衣を身に着けた男性教諭が気だるげな目付きをこちらへと向けてくる。

 名を竹林たけばやし智久ともひさ。一年では現代文、二年と三年では古文の授業を担当している教師で、俺の所属するクラスである一年のF組を担任として受け持っている相手だった。


 竹林先生はバインダーを片手に俺を見やり、次いで教室の前方に設置された壁掛け時計へと視線を移す。

 時間帯的には既に放課後。他のクラスメイト達は部活見学なり親睦会なりで各々過ごしている頃合だ。

 そんな中、ぽつんとたった一人で教室に残っている俺を見て、担任として心配にでもなったのだろうか?

 彼のやる気のない印象とは裏腹、孤立しかかっているように見える生徒へと積極的に関わろうとしているようにも見えた。


「すんません。今、ちょっとばかし待ち合わせをしてて⋯⋯」


「ほー。友達か」


「友達っていうか⋯⋯幼馴染すかね。放課後教室で待っとけって呼び出しくらってるんですよ」


 昼間のうちに買っておいた缶コーヒーを飲み下しつつ、俺は答える。


 ⋯⋯そう、幼馴染。


 あれほど自分自身のことを普通だ一般的だと言ってはいたが、よくよく考えればこの点に関してはほんの少しだけ珍しいと言えるかもしれない。

 隠す必要性も感じられないため、今のうちに言っておこう──俺には、幼稚園時代の頃からの幼馴染がいる。


「幼馴染っつーと⋯⋯アレか。少年マンガとかでよく見るヤツ」


「一応言っておきますけど、ラブコメとかは期待しないで下さいね?」


「しかも女子ときた。青春してるねぇ⋯⋯」


 ぼけっとした表情で頷く竹林先生。

 確かに青春といえば青春かもしれないな。そこに関しては否定出来ない。

 だが、別に幼馴染が女だからアオハルを感じているわけではない、とだけ言っておく。


 俺と、俺の幼馴染であるクールな女子──洲宮すのみやすずは幼い頃からの腐れ縁。

 家はお隣。幼稚園だけならず、小、中学校も同じで仲も悪くない。

 異性を異性と認識し始める時期は誰だってあるが、そんな時期にも普段通りに接することが出来た唯一の異性。それが洲宮涼だ。


 もし洲宮涼という幼馴染が女でなく男だったとしても、初めての高校生活を共に楽しんでいるだろう。

 アイツが男だとか女だとかは関係ない⋯⋯はず。


 と、そこで。


「──ん? ⋯⋯おー、鶴賀の幼馴染ってのはお前か。洲宮」


「そうです。宗次君のクラスの担任をしている、竹林先生⋯⋯ですよね」


「おーおー、聞いたか鶴賀ぁ。お前の幼馴染、他所のクラスの担任もしっかり覚えてんぞ。見習えよー?」


 黒色の学生カバンを両手で前に持った、色素の薄い髪色が目立つ少女が教室の出入口に立っていた。

 俺より先に竹林先生が気付き、声をかける。

 すれば少女もとい幼馴染の涼は抑揚の少ない口調で返答し、次いで竹林先生が俺へと会話の続きをぶん投げた。


「涼、お前他のクラスの担任の名前も覚えてんのか? すげーなオイ、俺なんざクラスメイトの名前を覚えるのに精一杯だってのに」


「私もクラスメイト全員の名前は覚えてませんよ。覚えるべき相手を優先的に覚えているだけなので」


「それで俺んトコの担任の名前は覚えてるってのはアレか。お前は俺の保護者かなんかかよ」


 別にいいけどさ。


「というか、担任の名前くらいは覚えておいて下さい、宗次君。校舎で迷子になった時とかどうする気なんですか?」


「迷わねぇよ!?」


 俺を十歳くらい年下と勘違いしてるんじゃないだろうな、コイツ。

 そりゃ昔は道に迷ったことくらいはあるけどさぁ。さすがに高校生にもなって校舎で迷うほど致命的な方向音痴ではない。


「おーおー、存外いいツッコミすんじゃねーの、鶴賀」


 教卓で何やらプリントを纏めていた竹林先生が顔を上げ、感心したような台詞を吐く。


「ツッコミっつーか、否定しただけっつーか⋯⋯もう何でも良いや」


「はは。ま、とりあえず俺もやる事やったから退散するわ。若いヤツらの空気はおじさんにゃキツいからよ⋯⋯あぁ、帰る時は窓の施錠だけ頼んだわ」


 そんなジジくさい事を言いながら、竹林先生は教員用の椅子から立ち上がる。

 言ってもまだ三十歳くらいにしか見えないが、意外と年齢は見た目以上なのだろうか? 


 ──俺が首を傾げている間に先生は欠伸をしながら教室から出ていき、必然的に涼と二人っきりとなっていた。


「で。わざわざ放課後に呼び出した理由は? 普段一緒に帰ってるわけでもねーだろ、俺ら」


「ですね、そろそろ本題に入りましょう」


 やっとか。

 担任による茶化しだとかで話題が蛇行していたが、ようやく話は本題へと向かうようだ。

 涼は俺の正面へ来ると、そこにあった椅子に腰かけ、口を開く。


「私と宗次君はもう高校生です」


「だな。時間が経つのはあっという間だ」


「同感です。⋯⋯ので、私達も今のうちに次のステップへと進んでも良いのでは? と思うんです」


「次のステップぅ?」


 どういう意味だろうか。

 真っ先に頭に思い浮かぶのは、やはり関係性について。


 幼馴染の次っていうと、恋仲とかか?

 ⋯⋯いや、コイツが色恋沙汰とかに興味を示した所を生まれてこの方俺は見た事がない。それに俺自身現状の関係値に満足しているし、別に仲を進展させる必要は無く感じる。


 基本的に俺と涼は性格こそ違えど価値観は似たりよったりだ。

 だから、この"次のステップ"という単語は関係の進展を指すわけではないのだろうと、俺はひとりでに納得する。


 ⋯⋯で、実際にその通りだったようで。


「はい。折角お互い楽器が扱えるのですし⋯⋯バンド、組んでみませんか?」


「⋯⋯ほーう?」


 高校入学より二日後の夕暮れ時。

 この時を境に、俺の最高に刺激的な高校生活が幕を開ける──はずだった。

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