ばかみたいに笑い合える貴方と

青時雨

ばかみたいに笑い合える貴方と

「別れよう?」



思い返してみれば、彼とは3年前からの付き合い。結構長かったと思うし、彼との結婚を夢見てた時だってあった。

私よりずっと大人で、かっこよくて、素敵で。

スーツ姿も紳士らしくて好きだけど、部屋着も落ち着いてて好きだったな。



「…僕じゃだめだった?」


「違う。正直に話すね、私…もっと好きな人がいることに気づいちゃったの」


「そっか」



何も聞かずに承諾してくれる、彼の悲しそうな顔。その表情を見ると、メニューを持つ手に力が入った。

ここは彼が見つけてくれた、私の好きな料理ばかりのお店。

私思いの優しい人。

好きだった、凄く。この人のこと。

だけど同じくらいつらかったの。



向かいに座る彼の瞳に映る私は、いつだって私の知らない女性ひと

その女性は紛れもなく私なのだけれど、私はこんな私を知らない。



彼と会う時はいつだって緊張して、空回りした結果何を話しているのか自分でわからなくなる。

作り笑いで誤魔化すと、彼は可笑しそうに「可愛いね」ってそんな私も好きだと言ってくれた。

けど、私は思ったことを上手く言えない自分が嫌だった。私の思い描く恋人同士ってこんなんじゃないって、理想的に振る舞えない自分に打ちひしがれてたんだ。


彼と並んでもおかしくないように、デートには大人びた服を着ていった。

ショーウィンドウに映る私は、一瞬自分だって気づけないほど笑っちゃうくらい別人。

私は綺麗めなワンピースより、動きやすさ重視の服装が好きだったりするんだよ?。


彼が愛してるのは私が作り上げた別の私。


彼の傍にいられるなら、それでもいいかななんてずっと自分の本音に耳を塞いでた。

でも、だから、彼との間には少しだけ距離を感じてた。



「今までありがとう。好きだったよ」











私が自分の本音を聞こうと思ったきっかけは、ばかみたいに笑い合える貴方。

友達にしてはお互いを知りすぎていて、恋人にしては色気がなさすぎる。だけどその関係が居心地よかった。

だけど私が年上の人と付き合うことになったって話したあの日から、ずっと友達だったね。

貴方といる時の私は、いつも〝これぞ私〟って思えるような自分だった。

彼と付き合うまでは、そのことに気づけなかったけど。

ひとつだけ年上の貴方には、可愛さは感じてもそういうときめきは感じなかった。だから大人な彼に惹かれたのかもね。

怒らないでよ、もうの話なんだから。




お揃いのTシャツがほしいな。

って彼には言えなかったけど、貴方にはよく言ったね。

お揃いのそれにジーンズをはいて、くだらない話をしながら沢山笑った。

私ゲラゲラ笑うでしょ?、だから彼の前では恥ずかしくてあんまり笑えなかったの。


貴方の瞳はいつも、私もよく知る私を映してたね。


だらしない私

面倒くさくてメイクしてない私

大きな口で豪快にピザを頬張る私

寝癖が凄い私

好きなことについて熱弁する私

ふざけながらゲラゲラ笑う私


彼よりもっとずっと貴方のこと好きだったんだって気づかせたの、貴方なんだから。

いつ?って、ほらあの時だよ。

彼とデートした後、車でいつもなら「危ないから」って家まで送ってくれてた。その日は買い物して帰りたくて、最寄りの駅で下ろしてもらったんだ。

ばったり会ったじゃん、あの時。…覚えてない?

はぁあ?、覚えてるなら最初からそう言ってよ、いじわるなんだから。



『あれ、どうしたの?』



よく知った格好に、声をかけたのは私。

振り返った貴方は、私を見て一瞬固まったんだよ。



『誰だかわからなかった。そんな服も持ってたんだ。俺CD買ったとこ、昨日発売の』



よかった。私も、彼といる私のことは誰だかわからなかったんだ。

そんな風に私と同じ感覚で貴方が話すから、ちょっとだけほっとしたんだ。



『まじ?、私もなんだけど』


『うわ怖っ。今日が発売日ならまだしも、気が合いすぎでしょ』



買ったばかりのCDの袋を、お互いが歩く方の手に提げて、帰る方向が同じだから家に向かって一緒に歩いたよね。

近所だからね。

帰り道さ、彼に話せなかった分、私貴方にわぁーーってしゃべっちゃったと思う。

あの時はいつも以上にしゃべるから驚いた?、だよね。私も。



『彼とは上手くいってるの?』


『…いってるよ』


『じゃあー、なんでそのCD一緒に買いに行かなかったの?。その格好、どう見てもデート帰りじゃん』



デートで行った場所では売り切れてたとか言えばよかったのに、私も少しだけ自分の本音に耳を貸す気になってきてたんだ。この時には。



『彼音楽には疎くて。興味もあるのかないのかよくわからないし』


『ふーん。ならおそろのTシャツとかは買うでしょ。好きじゃんそういうの』


『好きだよ、でも買ったことない。そういうの言い出せない感じのノリだから彼』



家の前に着いても、お互いに「じゃあ」とは言わなかった。別れがたさが滲み出た初々しい恋人みたいに、その場で小さく足踏みして時間稼ぎをしてるだけ。



『…俺的にはそれ上手くいってないように思います!』


『はぁ、そうなのかもね。私彼に似合う素敵な女性って感じになれなくてさ…』



知ってた。自分が結構無理しちゃってること。

意識しないようにしてたのに、上手くいってないとかデリカシーのないこと言うから。

目元が熱くなって、隠そうとしたのに貴方が一歩踏み込んでくるから。



『そこは上手くいってるしって言うとこじゃん…って泣くなよー』



あと一歩の距離で彼は両腕を伸ばした。



『エアーハグに、エアー頭なでなで』


『何言ってんの?』



泣きながら吹き出すかと思ったの、生まれて初めてだったよ。



『俺は友達だからエアーでしか出来ないんだよっ!』



ちょっと苛立たしげに笑って見せた貴方と笑い合う。

全然おかしくなんてないのに、笑いが止まらない。

それは揺らいでる自分の心に気がついたから?

よくわかんない気持ちでいたら、決定打をあげましょうって感じで貴方凄いこと言うんだもん。



『泣いちゃうなんて、なんか無理しちゃってんね。素の自分出せる方が幸せだと思うけど』



彼のことが好きだった。だけど、貴方のこの言葉で自分の本音を聞くことにした私は、彼と別れようって決めたんだ。

本音は素の自分を出せる貴方が好きって言ってたから。







彼と別れた日、貴方の胸に飛び込んだよね。

抱きしめ返してくれたのには驚いたよ。次の恋は、私が一度友達って線引きした貴方が相手だったから、友達からのスタートだと思ってたよ。



『おかえり?』


『何でおかえり?』


『俺んとこ戻ってきたから』


『元彼かよ』


『心情はそんな感じだよ。だってずっと好きだったから



棘のある言い方、拗ねてる顔。全部全部愛おしい。



「友達以上恋人未満から恋人になれた喜びよ」



肩に顔を埋める貴方からは、よく知ったシャンプーと香水の香りがした。

愛おしさに胸が締め付けられて、だから気づいたら私も変なことを言ってたよ。



「ねえ、エアーキスしない?」



私がねだるように顔を近づけると、めちゃくちゃ笑われた。



「もうエアーな必要なくない?」

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ばかみたいに笑い合える貴方と 青時雨 @greentea1

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