『環を回し続ける子どもたち』

小田舵木

『環を回し続ける子どもたち』

 ああ。もう何度この光景を見た?俺は問わざるを得ず。

 眼の前で『彼女』が死ぬ瞬間を見届け、ため息をつき。

 何度繰り返そうが―何度この世界の皮を剥こうが同じ結果しか起きないじゃないか?

 いっそのこと、『コンティニュー』を止めてみたくなる俺が居り。

 さっさと『彼女』と同じようにこの学校の屋上から飛び降りてしまうのが吉なように思えるが。


「やるっきゃねーのかね」そうつぶやいてさっさと現場を去って。

 

                   ◆


 俺は―この数日のの中にとらわれた。理由は知らんし、この状況を制御するデバイスが与えられている訳でもない。

 創作にありがちなループ。ヒュー・エヴェレット3世に由来する多世界解釈たせかいかいしゃくの方がしっくり来るが。

 。喜ぶにも喜べないし、かと言って月並みな絶望をする気にもなれない。

 どうせ何万回続けようが、俺は消耗すらしないのだ。あるのはなんとなくの既視感で。予測していた状況が現れたなという予感で。


 この1日を過ごせば―

 俺の場合は交通事故だ。相変わらずの不注意ふちゅうい具合がミラクルを呼び寄せる。

 そこに感慨はなく。ただただ死ぬだけで。成仏し損なうだけなのだ。

 

                   ◆


 状況は転じ。同じ朝を向かえて。

「知ったことかよ」なんて呟いて。

 姿見すがたみを見ながら着替えれば寸分すんぶん変わらぬ俺が居て。

「こういうのを輪廻りんねって言うんじゃないのかね?」鏡の向こうの俺に問うて。

「…と、言うよりは無限地獄むげんじごくだ」俺は返し。すっかり一人芝居が板についてきた。

「こういう世界観は嫌いなんだけどなあ」そう、俺は一度こっきりの世界に満足してきた男であり。


 部屋から出て洗面所に行っても鏡はあり。

 そこに写る俺も何処か恨めしげで。

 そういう顔になる気分も分かるが、そんなモン向けられたところで俺はなにもしてやれない。


 ところで。

 繰り返す俺は朝飯のメニューを予測できるか?

 ノーである。

 理由。そこに幾万の組み合わせがあると思ってる?そして母親というカオスがどれだけの様相を取れると思っている?

 ミクロにおいて観測の確定の不可能性が露呈ろていする、この世界では如何様いかようにも世界は転じる訳で。

 味噌汁をすすり、目玉焼きを食べ、ウィンナーもつつき。

 

 俺はこのカオスの中に埋没する。

 

                   ◆

 

 

 世界は複雑系。これが俺の認識であり。パラメータを切り替える度に違う結果が出力され。

 ただ。終わりとその前のイベントだけが固定されており。

 そこに作為を感じるか?

 ノー。。ただ。世界の偶然が生み出した奇跡なのだ。

 ただの確率。

 

 それに俺は腹を立てているのだ。

 そもそもキーになっているのだ。名前も素性もよく知らない。

 そんなある種どうでも良いようなイベントにマジになれるか?もし、なれるのなら大概たいがいのお人好しである。

 俺はそこまで優しくなれはしない。自分のクソ人生を呪うのにいっぱいいっぱいだ。

 

 こうして毎度のごとく学校に登校するのも腹立たしい。

 いっその事サボってやるか?そう思わんでもなく。

 どうせ、『彼女』は死ぬし、俺も死ぬ。そこで世界はを閉じる。

 そういった地獄に突き落とされた、と神あたりが告げてくれないだろうか?

 

                   ◆

 

 わが街の公園、俺の行きつけの公園には危険遊具きけんゆうぐが放置されている。

 あの地球儀みたいなカタチの回るアレだ。

 俺はこの遊具が嫌いではないが。駆動部くどうぶき出しなソレは撤去されるべき代物しろもので。未だに残っているのは行政の怠慢たいまん以外何物なにものでもなく。


 俺は回転遊具に飛び乗って。ソイツをグルグル回して。

 遠心力に身を任せて。そのまま手を離したくなる気持ちにさいなまされ。

 いい加減。終わらせてくれはしないものか?そう思ってしまうのは飽きがきているからなのか?はたまた疲れてしまっているからなのだろうか?

 

 ―そう思いこみたがっているだろうか?

 そういう認知バイアスはあるよな、と俺は思う。

 こういう絶望のにいる者は―目をらしたがるような気がしないでもない。

 

 別になんともないんだ。

 そう信じ込む事で、何とか環をやり過ごしているだけなのかも知れない。

 誰か助けに来てくれるのを待っているのかも知れない。

 だが。

 こういう信念にとらわれた精神病者。これが俺に貼られるべきレッテルで。

 

 俺は―ただ。

 

                  ◆


 

 学校は依然として存在し。俺をその口に吸い込んで。

 教室に忍びこめば、何時ものメンツが居すわっており。

 俺の席の隣の隣には―『彼女』の空の席が存在し。

 ああ。またに向かい出しているよなあ、と思えば。

「遅刻とは感心しない」悪友ともは告げ。

たまには学校が嫌になるのさ」俺はこたえてやり。

「お前は真面目なのか不真面目なのかよく分からん」彼は言うが。

「俺ほど真面目なヤツはいねえ」

「遅刻するヤツが言う台詞じゃねえ」彼が言った所で。俺は伏せてしまう。いい加減、コイツの相手にも飽きて。

 

                  ◆

 

 『彼女』の死因はバリエーションに富んでいるよな、とふと思う。

 飛び降り、首吊り、ガス、失血しっけつ、感電、服毒…他諸々ほかもろももろ。共通点は自ら命を絶つという一点であり。

 食い止めようにもどうしようもなくて。いや、

 俺はこのの収束にただ、飽きている、食傷しているだけなのだ。

 しかし

 そしてその後、

 俺の死因の引き出しの少なさには毎回笑う。なんなら笑いながら車にかれる事もあり。

 さて。。俺は手元のコインをもてあそぶ。

 そうしてトスして、その裏表を確認し。

 

「先生、輪崎わざきさんトコにプリント持っていきますわ」終礼で言い。

「お前付き合いあったか?」そう問われ。

。何ならいま名字知りました」俺は悪びれもせずにそう言って。

「…まあ、お前が暇なら良いけどな」かく担任は言い、俺にプリントの束と簡単に書いた住所と地図をくれ。

  

                  ◆

 

 彼女の家は―臨海りんかい地域にある住宅街で。

 偶然かのように円環えんかんの形に棟が配置されたマンション。

 そこに皮肉を見ない訳がなかろうて。

 

 ある棟のエントランスのオートロックの前に俺は居り。

 『609』という妙に象徴的な部屋番号を呼び出せば―「はい、輪崎わざき」と応答がある奇跡よ。

八戸はちのへです…同じクラスの」俺は名乗り。

「…どうぞ」と『彼女』はオートロックを解除して。

 俺は妙な象徴性のあるその部屋に向かっていく。

 

                  ◆


「やあ」と『彼女』は俺を迎えるが。

「よお?」と俺はイマイチぱっとしない台詞を繰り出して。


 妙に生活感のない家に上げられた。

 モノが奇妙に少なくて、その上ほこりも積もってない。


「君は…何をしに?」彼女は問う。目を伏せながら。

「プリントを届けに」なんて言えるわけもなく。

随分ずいぶん溜め込んでいたなあ」なんて彼女は嘆息し。

「いい加減、サボってばっかりだと出席日数足りなくなるぜ?」俺は月並みな話題から始め。

「別に構いはしないよ」彼女は言うが。

「高校中退はロッケンロー過ぎる」俺は評する。人生のハードさをさせてどうする。

 

些細ささい」と彼女は言った。

 

「…責任者はお前だったのか?」なんて早足で結論を迫る俺は拙速せっそくに過ぎる。

「逆だ、八戸はちのへくん。責任者…と言うか。」彼女は言い切る。悲しそうな目をして。


 

                   ◆

 

「君は繰り返しの中で忘れてしまった…私の事を」

「…このの中で俺が忘れた?」そういうつもりはなかったのだが。

?ソレ、

「…俺は、この状況の中のいちパラメータに過ぎない?」

「争点ではあるけどね。

「ありがちなフィクションだな」

「まったく…というか、」彼女は苦笑いしながら言い。

「俺はお前が死ぬのを何回も観測している―」俺は必至に言うが。

「と、思い込んでいるのかもよ?」彼女はそう言って。

「お前の繰り返しに巻き込まれて認識が狂った?」

「そう考えるのが妥当だとうだ…いや計算外の事態だけどね」

 

「しかし。お前はいつしか諦めたんだな」

「そうだよ。私はね、んだ。を創ろうが―その中でしか君が生きてくれない、

「…お前は、やり尽くしたのか?」

「と、思いたいけどね」

「まだ。あるんじゃないのか?」これは

「あることにはある…ね」

「そいつを頼むのは―俺にとってどんな意味がある?」なんて彼女に問うこと自体が残酷な事を頼もうとしていて。

「君は舞台から」と冷静に評する彼女が怖い。

「…勝手に死ぬくらいなら頼めるか?」こうやって

「…良いよ」彼女はそう言って。「でも最後に名前くらい呼んでくれないかな?」そう懇願こんがんし。

「―…」し。

「私の名前は輪崎わざきたまきという」そう言って泣いていた。

 

                   ◆


 『彼女輪崎環』は。 

 俺の事故に巻き込まれる事を選び。

 あの忌々しい瞬間を止めた。

 

 そうして。

 俺達の環は解けた。

 この環を解く鍵は『彼女』。

 この環を創りだした者の抹消と、俺の存続。

 

 

 1つを無くした瞬間、環は解けたが。

 俺はその決断をした俺を許す事が出来なくなった。

 

                   ◆

 かくして数十年が過ぎ。

 俺は機械のコンソールに向かっていて。

「やっとお前に借りを返せるのかもな、たまき?」と機械に向かって呟いて。

 18歳のあの時の多世界を束ねあげ。そこにあの回転遊具のような形状の空間を発生させ。

 そこにいる俺に全てを託す事にして。

「上手くやれよな、俺?」と祈ってはみるが。

 彼女ほどの忍耐を発揮できるかは怪しい。

 

 

 俺達はどっちかの存在が世界に許容されるものではなく。

 

 俺が生き延びるか、彼女が生き延びるか?

 そんな事は世界にとってどうでも良いのだろう。

 そして、いつしか俺も彼女同様どうように絶望し、自殺を繰り返す世界線が訪れる。

 

 止められぬ環はいつまでも続き。

 そのうち世界は消えてなくなる。

 それで構わないさ。

 

                  

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『環を回し続ける子どもたち』 小田舵木 @odakajiki

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