04 Dr.スズは最終準備を終える
じいさんのタップテストから6日が経過した。
いよいよ明日、手術を行うかの最終判断が行われる。
すでに歩行状態と認知機能、排尿障害においては改善がみられている。
手術は予定通り行われる見込みだった。
「もう一度、手術物品の確認を行う。
スズ達は、手術に使う物品の最終確認を行った。
実際に使用する物品は、清潔保持のため当日までは密封容器に保管されている。
手術のために用意した物品は、点滴セット、点滴用抗生剤、シャントカテーテルにカテーテル固定具、
「Dr.スズ、君は本当に……1人で100人分の仕事をするのだな……」
アーサーは物品の数々と手術手順が書かれたマニュアルを目にして、驚きの声を上げた。
スズは、肩を竦めて答える。
「私ではない、マルヴィンが凄いのだ。これほど繊細な加工は、彼にしかできない。
それに、アズリールも私の考えをよく理解してくれて、私の代わりに皆を指導してくれるので助かっている」
マルヴィンとアズリールはむず痒い気持ちになり、聞こえない振りをして作業に打ち込んだ。
「それに、金銭面や治療環境においてはDr.アーサーとDr.エリカ、ホーエンハイム
皆には心から感謝している」
見知らぬ世界に突然やってきたにも関わらず、自分は幸運だった。
スズは本心からそう思っていた。
「Dr.スズ。私も、手術に加わらせてほしい」
そう交渉を持ち掛けてきたのは、
「
動くことはできないけれど、それだけでも十分役に立つはずよ」
スズは迷ったが、アイリが聖魔術で除菌をし続けてくれれば、スズは手術により一層集中できると思った。
アイリの交渉を受諾し、アイリにも改めて清潔操作についての講習を行った。
◆
翌朝、手術予定日当日。
アズリールは早朝に目を覚ました。
緊張で眠れないかと思ったが、驚くほどに気持ちは落ち着いておりいつも通りに眠ることができた。
玄関の重い扉を開くと、夏の朝の空気が
「アズにゃん、おはよう」
玄関の段差には、スズが座っていた。
なんだか見た光景だな、とアズリールは思う。
「おはよう。いつも早起きだな」
「昔から睡眠時間が短いんだ」
スズからの変な呼び名にも慣れ、アズリールは言い返さなくなった。
「眠れたか?」
「あぁ、驚くほどにな」
「さすが、私が見込んだ男だ」
スズがケラケラと笑う。
見た目は10歳にも満たない幼女だが、こういう軽口を聞くと同世代というのも頷ける。
「スズがみっちり仕込んでくれたおかげだよ。あれだけ練習すれば、不安も吹き飛ぶ」
スズとマルヴィンは、実際に手術で使用する物品とは別に練習用の手術器具も揃えてくれていた。
何度も何度も何度も、本当に何度も手技を繰り返し、頭と体に叩き込んだ。
「アズにゃんなら大丈夫だ。それに、一人でやるわけじゃない」
「そうだな」
アズリールは、スズの隣に座った。
出会ってからまだ数日なのに、もう何ヶ月も苦楽を共にしてきたような不思議な感覚だった。
それくらい、スズと出会い過ごした日々は色濃く長く感じられた。
「スズは……なぜ、医術師になったんだ?」
アズリールが問うと、スズは誤魔化すように笑う。
「そういうアズリールは、なぜだ?」
「特に……理由はない。父も兄たちも医術師だから、当然医術師を目指すべきだと思っただけのことだ」
兄たちは今、新たな治療院を開設するため遠方の街に出ている。
兄たちと違いアズリールは、医術師免許を取得する前に死の病の対応に追われた。経験は十分とはいえないまま、医術師の資格を得てしまった。
「俺とマルヴィンが……たまたま、
おかげでスズが、じいさんを助ける気になったんだもんな」
能力=ギフトとは、よく言ったものだと思う。
アズリールにとって
こんなことを言えば、
スズは何秒か間を置いて、ふむ、と声を漏らす。
「
それももちろん大事だが、もっと大事なことがあるさ」
「大事なこと?」
「アズにゃんが私を信じてくれたことだ。マルちゃんもな。
信頼がなければ、チームは組めない。2人が私を信じてくれたから、2人となら手術ができると確信した」
アズリールは驚いて、口をパクパクさせた。
一体どの時点でそんなことを思ったのか、アズリールには想像もつかなかった。
「正直、経験値を考えればDr.アーサーに手術を託すべきだったかもしれない。
けれど、私はアーサー氏ではなくアズにゃんが適任だと思ったのだよ」
自分がスズに選ばれたなどと考えたことはなかった。
アズリールは怪訝な目で、なんとか言葉を紡ぐ。
「父も……君のことを疑ってはいないと思うけど」
「疑っていないのと、信じているのとは違うのさ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
アズリールの気持ちを読んだのか、スズはニッと口角を上げる。
「しいて言うなら、アズにゃんとマルちゃんの医学に対する想いだ。
2人とも、
スズの言葉に、アズリールは眉間に皺を寄せる。
「似て……いるか……?」
「ははっ! ちょこっとだ。ちょこっと」
スズは快活に、ケラケラと笑った。
似ていると言われて喜んでいいのかどうか、アズリールにはわからなかった。
「……私が医者になった理由、聞きたいか?」
唐突に、スズは話を戻した。
質問を受け流さなかったことを意外に思いながら、アズリールは「聞きたい」と答える。
「不謹慎だと怒るなよ?」
「怒らないさ」
アズリールが言うと、スズは数拍おいて口を開いた。
「私が医者になったのは、褒められたいからだ」
スズは、やや気まずそうにそう言った。
褒められたいから。
あまりにも単純で、簡素で、スズらしい。
「……ぷっ……ふふ、あははははっ!!」
アズリールは思わず、笑いだしていた。
ごちゃごちゃと考えていた自分が、アホらしくなった。
「そんなに笑うか?」
「笑うだろっ! 君は本当に、面白いな!!」
スズはあくまで真面目に、本気で言っているのだとわかり、余計に面白くてアズリールは腹を抱えて笑った。
スズ自身、志望動機を言って笑われるのには慣れていた。
それに自分でも、しょうもない理由だと思っていた。
「なんだか、気が楽になった」
「それなら良かった。作戦成功だな」
アズリールの笑い声で起き出したのか、向かいの家のばあさんがこちらを睨みつけていた。
スズもそれに気付き、くすくすと笑いながら呟くように言う。
「きっかけも理由もどうだっていいんだ。大事なのは追及する想いと、命に向き合う覚悟さ。
そういうところが、似てると思う」
アズリールはまたむず痒くなった。
実感はなかったが、そういう自分の想いをスズが見出だしてくれたことは、素直に嬉しかった。
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