03 Dr.スズは人の心をも救う





 ◆


「まさに、神の御業みわざ……いえ、真の神子みこの成すわざでした」


 枢機卿すうききょうシャルル・ホーエンハイムは、スズが行ったタップテストの効果を見届けると大聖堂へ駆け込んだ。

 教皇きょうこうに、スズの施術の一部始終を報告するためだ。


「……そうですか。やはり、【聖愛の女神サンクリディア】の選択に間違いはなかったようですね」


 教皇は顎髭を撫でながら、表情なく虚空を見つめた。


「またここへ連れて参りますか」

「いえ、陛下に報告し判断を仰ぎましょう。

 陛下がDr.スズの診断を所望されるようであれば、私からDr.を訪ねます」

「陛下の容態は、それほどまでに……」


 戸惑った様子でシャルルが問うたので、教皇はかぶりを振って取り繕う。


「大丈夫ですよ。命に関わるようなものではありません」


 正直なところ、教皇自身には国王がどのような状態なのか判断はできなかった。


 この先スズは王室の存亡をかけた治療に当たることとなるが、それはまた別のお話―――






 ◆


「じいさん、名前は言えるか?」

「コンラート……カルヴィン・コンラート……」


 タップテストを終え、スズはじいさんに認知機能検査を行った。


「そうか、カルヴィンというのか。ここがどこかはわかるか?」

「……王都だ」


 タップテスト後のじいさんは、認知機能検査の結果もわずかだが改善していた。

 あとは明日と1週間後にも同じ検査を行い、手術適応かどうかの判断を行う。


「じいちゃん。僕のことは、わかる?」

「……マルヴィン。すえの……孫だ」


 マルヴィンは、みるみるうちに目に涙を溜めた。

 唇を噛み俯くマルヴィンの肩に、アズリールが優しく手を添えた。







「……やっと見つけた。これが、巨赤芽球きょせきがきゅうだよ」

「確かに……他の赤血球より大きく、いびつだな」


 じいさんの経過を待つ間に、エリカの検査を行う。


 顕微鏡を用いた血液検査で、巨赤芽球が見つかった。

 併せてビタミンB12と葉酸ようさんの血中濃度を測定した。葉酸の濃度は高く出たが、ビタミンB12の濃度は極めて低値を示していた。


「やはり、ビタミンB12欠乏による巨赤芽球きょせきがきゅう性貧血で間違いないな」

「つまり、ビタミンB12を摂取すれば良いということか……?」

「いや。胃粘膜の萎縮により、Dr.エリカはビタミンB12を経口けいこうから摂取してもほとんど吸収されないだろう。

 胃の状態が改善するまでは、筋肉注射でビタミンB12を投与していく」


 スズがエリカの胃を『聖者の慧眼けいがん』で見る限り、腫瘍しゅようは確認されなかった。

 胃粘膜の萎縮は顕著だが、胃癌いがんへの進行はなさそうだ。


「次は呼気こき検査。これで、ヘリコバクターピロリ感染の有無を調べる」


 ピロリ菌感染は、胃カメラや血液検査、検便など様々な方法で調べることができる。


 便から抗原こうげんであるピロリ菌を採取するのが手っ取り早いが、検便に慣れていないエリカに配慮し行わなかった。

 血中のピロリ菌抗体こうたいを探す血液検査は、抗原であるピロリ菌が入手できていないため実施できない。


「吐く息でわかるのか……?」

呼気こき検査は、十分に信頼度の高い検査だ。

 13C-尿素でできた薬を飲んで、20分後の呼気を検査する。胃の中にピロリ菌がいれば13C-尿素を分解し、13CO2が呼気から排出される」


 呼気検査を行い、陽性。

 胃炎の原因はヘリコバクターピロリによるもので間違いなさそうだ。


「2種類の抗菌薬と、胃酸分泌を抑える薬を1種類、1週間分処方する。

 1週間後に、ピロリ菌がいなくなっているか調べよう」


 スズはエリカに、ピロリ菌の除菌が成功しても胃癌を発症しやすい状態にあること、定期的にスズの診察を受けた方が良いことを伝えた。


「長い付き合いだった胃炎から解放されるなら、なんだってするわ」


 エリカは話しながら、目に涙を浮かべた。


 長く胃炎を患い、最近では貧血にも悩まされ、もう長くはないと覚悟していた。


 しかし死のやまいで多くの仲間を失い、気持ちにも変化があった。

 病に負けず、医術師連盟総長として最期まで医療の発展に従事したいと思うようになったのだ。


「本当にありがとう、Dr.スズ」


 その想いを、スズが叶えてくれた。

 涙を浮かべるエリカを、スズは優しくハグした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る