12 Dr.スズは意見書を提出する






「王室からはDr.スズに関して、教皇きょうこうである私に一任するとおおせつかっております」


 そう言って教皇は、マルヴィンのじいさんの治療について改めて承認を示した。

 すると、エリカがスズに耳打ちをする。


「……今後教会全体の協力を得るには、洗礼を受けて頂いた方が心象しんしょうは良いと思うわ」

「あぁ、そういうものか」


 エリカのアドバイスを受け、スズは改めて八神はちしん教の起源についてシャルルから説明を受けた。


 自然を破壊する人間に、【常闇の神ニグレディウス】が嘆き悲しみ世界を崩壊させた。

 それをうれいた【聖愛の女神サンクリディア】が祈り、七神しちしんが再び地上を蘇らせたという話だった。


「要は、自然を守りながら生きなさいと、そういうことか」

「そうです。自然と共に在ることを決して忘れてはならないという教えです」


 スズが問うと、教皇は深々と頷いた。

 『人間の環境破壊が罪である』と明示した神話は珍しいと感じながらも、スズは細かいことは尋ねなかった。


「それなら私の信条と一致する。ぜひ洗礼を受けよう」


 聞く限り、八神教は他の宗教にも寛容だった。

 この国のほとんどの住民が洗礼を受けているとのことだったので、スズも受け容れることとした。郷に入っては郷に従えだ。


「ただ1点、心配なことがある。

 私は自然を守ることと同等に、人々の命を守りたい。意外に思うかもしれないが、この2つは両立することが非常に難しいことだ。

 この2つを両立させるためにも、ぜひ教会に手を貸してほしい」

「例えば、どういったことでしょうか?」


 教皇が言うと、スズは持ってきた荷物の中から大量の書類をドンッと机に置いた。


公衆衛生こうしゅうえいせいとインフラ整備に関する意見書だ」


 スズが朝から書き進めていたのは、これだった。

 スズは作成した意見書の見出しをスラスラと読み上げる。


「下水道の整備、下水・ごみ処理施設の建設、手洗い・消毒の習慣化、感染症知識の周知、単位の統一、医術師に対する確率・統計学の徹底的な教育……」


 皆、ぽっかりと口を開けて聞いていたが、スズは気にしていなかった。


 王都の衛生環境は決して良いものとはいえず、街は細菌の温床となりそうなごみで溢れていた。

 下水道の整備もないため、汚物や汚水が路地に公然と捨てられていた。


「これらは単なる意見書だ。だが、死のやまいなどの蔓延を少しでも抑えるためには可及的かきゅうてき速やかに対処すべき事案だ。

 そしてこちらが私個人の要望書となる」


 スズが提示した要望書の表紙には『感染性廃棄物の処理装置の開発』と書いてあった。


「仕組み自体は私が考えるので、施設を作るための人手が欲しい」


 今後医療を拡大するにあたって、医原性いげんせい(医療行為が原因となること)の感染や事故は絶対に防がなければならない。

 教皇はそれを手にとったが、開いて読むことは諦めた。この場ですぐに理解できる内容ではないと判断したようだ。


「……まずは、全て目を通しましょう。優先的に取り組むべき内容についても検討が必要ですね」

「ありがとう。

 どの項目も、整備が必要な根拠も明示してはいる。ただ、目に見える形で説明が必要であれば提示するので、遠慮なく言って欲しい」


 話がまとまったところで、ようやくスズは洗礼を受けた。


 洗礼自体には魔術的な要素はなく、聖水をかぶるような儀式もないようで、人間がどれほど罪深いかという説教と祈りの言葉を聞いて終わった。







 エリカは詳細な検査のために、準備が整い次第血液検査や尿検査を受けることになった。


胃癌いがんを発症していなければ良いが……さすがに胃の中を覗かせてほしいとは言えなかったな)


 ピロリ菌感染による萎縮性胃炎は、胃癌を引き起こす要因のひとつだ。

 スズの能力なら、内視鏡ないしきょう検査レベルの診察が可能だ。早いうちにエリカと落ち着いて話したいところだ。


 大聖堂からレーベンフック家の治療院に戻ると、スズはすぐにアイリの様子を見に行った。


「ちょうど先程から、空気の漏れエアリークがなくなりました」

「そうか、ちょうど良かった」


 アイリのことは治療院の医師達に見てもらい、何かあればすぐにスズを呼ぶように伝えてあった。


 肺の穴が塞がったようなので、ドレーン留置の時と同様にアズリールに手伝ってもらいながらドレーンを抜去する。


 能力ギフトの効果かもしれないが、アズリールは驚くほどに器用だった。

 しかも手元が光るので、手術用照明灯いらずだ。


「傷跡には保護のテープを貼っているので、毎日貼り直すように。

 肋骨ろっこつ骨折の固定は約4週間。痛みは1~2週で落ち着くので、痛みに合わせて動いていい。身体をひねったり反らしたりしないように。

 食事と睡眠をしっかりとれば、そのぶん早く治るから頑張って」


 アイリは、スズの言葉ひとつひとつに頷きながら、理解した様子で聞いている。


「Dr.スズ、本当にありがとう。

 あのまま……死んでしまうと思っていたわ」

「こちらこそありがとう。

 あそこで拒否ノーと言われれば、私はあなたを治療できなかったから」


 スズが言うと、アイリは少し迷った様子でスズに耳打ちした。


「じつは私も、せい魔術が使えるの。どんな能力ギフトかはヒミツだけど」

「なるほど。それで私を信じてくれたということか」

「まぁ、そんなとこ」


 アイリは悪戯っぽく笑い、肩を竦めた。





 アイリの状態が良い様子だったので、今後経過観察すべきことについてアズリールやアーサーに申し送りをした。


 その後で、光学顕微鏡やついでに作った望遠鏡などの特許申請を行った。ひと悶着もんちゃくあったが、なんとか無事に申請できた。

 そして。


「よし、マルちゃん。じいさんを王都へ連れて来るぞ」


 ようやく、この時が来た。

 マルヴィンは唇を引き締め、深く頷いた。







 第3章 手術編 へ続く―――






 読んでくださり、ありがとうございます。

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