11 Dr.スズはシンプルである







 一同は返す言葉を失っていた。

 唯一シャルルだけが、なんとかスズに対抗しようと言葉を探す。


「ち、知識を振りかざし、コンラート氏を盾に我々を愚弄ぐろうするつもりで……」

「シャルル。もう辞めましょう」


 シャルルの言葉を制したのは、教皇きょうこうだった。

 硬い表情のまま、スズに言う。


「……私はようやく、理解しました。

 スズ。きっとあなたは、【聖愛の女神サンクリディア】がこの世界のために遣わした本物の神子みこなのでしょうね」


 スズを受け容れたというよりは、受け容れざるを得ないという表情だった。


「【聖愛の女神サンクリディア】とは、せい魔術の神様か?」

「えぇ。八神はちしんの中でも国に安寧あんねいをもたらす、特別な存在です」


 スズはそもそも無宗教で、神の存在も当然信じてはいなかった。

 しかしこの世界では、神からの贈り物である聖魔術の能力ギフトを与えられた。


「神が私を遣わしたというのなら、神が私に求むるものは明確だ。

 たったひとつ、この世界の医学の発展。それのみだ」


 なんでも合成できる『聖哲せいてつの合成』と、身体の中を覗ける『聖者の慧眼けいがん』。

 スズにこれらの能力ギフトが与えられたことに関していえば、確かにそこには神の意志を感じる。


「しかし、誤解しないで欲しい。

 私はあなた方の……この世界の医学を愚弄しているわけではない」


 スズが言うと、シャルルがはっと顔を上げた。


「私の知識も、全て先人せんじん達が不撓不屈ふとうふくつの精神で医学に挑み続けてくれた結果だ。

 諦めず、病気に立ち向かい続けてくれたからこそ、今の私のこの知識がある。


 私はあなた方のことを、我々の世界の先駆者と同等に尊敬している」


 当然のことながら、スズの持つ知識は全て医学として伝え聞き、覚えたものばかりだ。

 結局は、借り物の知識を語っているだけに過ぎない。


「3年前のパンデミック 死の病 の話を聞いた。

 あなた方は、本当に恐ろしく……目を背けたくなるような状況の中、人々のために立ち上がり続けたのだろう。そして今も医術師として、人々のために研鑽けんさんを積んでいる。

 私にとって、あなた方ほど尊き存在は居ない」


 想像したことがある。

 ペストやコレラ、天然痘てんねんとう……まだ医学が未発達な時代に猛威を振るった感染症。

 もしもスズ自身が対峙たいじすることになっていたら、何ができただろうと。きっと何もすことなく終わってしまうだろう、と。


 スズの言葉を真剣に聞きながら、教皇は重い口を開いた。


「……私達はあの時、死のやまいを前に何もできませんでした。目の前で死んでゆく者たちをただ見守り、祈ることしか。

 苦しみを取り除いてやることすら、できなかった」


 教皇は打ちひしがれた様子で、言葉を並べた。

 気付けば、教皇の隣でシャルルは泣いていた。


「そなたにわかるというのか! 家族を、友を……国を無慈悲むじひに奪われる気持ちが、わかるというのか!!」


 シャルルも、大切な家族や仲間を死の病で失ったのかもしれない。

 いや、王都の人口が半分になったと言われるほどの被害だ。ここにいる全員が、大切な誰かを失っていてもおかしくはない。


 スズは言葉を選びながら、ようやく口を開いた。


「……私のいた世界でも、新たな病原体による感染爆発パンデミックが起こり、たくさんの人が亡くなった。

 どんなに医療が発展しても、病原体も変異して強くなる。その度に我々は翻弄され、抗うすべを見つける頃には多くの命が失われている」


 現代で未曽有のウイルスを前にして、スズは心の底から無力さを味わった。

 抗ウイルス薬を開発したものの、ウイルスが変異を繰り返せば薬の効果は薄れてしまう。


「本当に、無慈悲だと思う。

 しかし我々が人間であり、生物と共にこの地上に在る限り……戦わなければちて絶滅するだけのことだ」


 感染拡大を引き起こしたウイルスや細菌を根絶こんぜつさせる最終手段は、ワクチンの予防接種で集団免疫を獲得することだ。

 ポリオも結核もB型肝炎も、ワクチンが開発され予防接種が一般化することで、感染者を減らすことに成功している。


 しかし当然ながら、感染拡大による被害者が増えなければワクチンは開発されない。

 多くの命が失われ、「この感染症を次世代に引き継いではならない」という想いがあってようやく、病原体の根絶が実現する。


 だからこそ、医者は、研究者は、諦めるわけにはいかない。


「追求の炎をやすことなく、どうか戦い続けてほしい。

 私もこの世界の医療発展のために、尽力する」


 スズの強い言葉に、教皇は呆然とした様子で言葉を並べる。


「スズ……いや、Dr.スズ。あなたはなぜ、何の結びつきもないこの世界のために、そこまで言ってくれるのだ……?」


 教皇に問われ、そういえばなぜだろう、とスズは考えた。

 しかし、あまりに単純な返答しか浮かばなかった。


「私の想いは、どこに居ても変わらない。

 救える者を救い、救えない者を救う術を探す。それだけだ」


 そして今は、マルヴィンのじいさんを救うこと。

 スズの頭の中は、自分でも驚くほどにシンプルだった。





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