09 Dr.スズは血球を観察する







「その前にまず一点、確認したい。

 瀉血しゃけつが禁止されていると聞いたが、その理由を教えて欲しい」


 スズは、以前もアズリールに確認した『血を抜く』という行為について尋ねた。

 それには、エリカが返答した。


「かつて貴族の間で瀉血しゃけつ流行はやった。

 血を抜くことで身体の毒素が抜ける、美容効果がある等という噂で瀉血を行う者が跡を絶たなかった。

 しかし瀉血実施後の死亡例が増え、医療行為以外での瀉血は禁止された」

「なるほど。

 つまり、医療行為としての瀉血は禁止されていないということだな?」


 スズは言いながら、持ち込んだトランクを開けた。

 物品を取り出しながらスズは続ける。


「まず前提として、瀉血しゃけつが有効な病気は本当にごくわずかだ。

 瀉血で健康になることはないし、瀉血後の傷からの感染死亡リスクの方が遥かに高いので辞めた方がいい」


 瀉血はスズがいた世界においても、中世の頃から数百年に渡り行われていたものだ。

 同じような方法で行われているとすれば、感染対策もせず静脈にナイフを入れ大量の血液を抜くような、無謀な方法だろう。


「……と言いつつ、だ。

 今日は皆さんに、血液というものが何なのかを見てもらおうと思って用意してきた」


 スズは着ていた白衣を脱ぎ、もう一度ニッと笑う。

 そう、スズはこれから採血さいけつを試みようとしているのだ。


 一同は揃って、不審な目をスズに向ける。


「アズリール、手伝ってくれ」

「お、おう」


 スズからの指名に一瞬驚きながら、アズリールは促されるままスズの正面に座った。


「私の腕を縛って。もっと強く。

 ……ここを縛ることで、静脈じょうみゃくを見つけやすくする」


 スズは注射針やアルコール綿を用意した。

 さらにゴム製の駆血帯くけつたいをアズリールに渡し、スズの腕を縛らせる。


「以前教えた通りだ。

 私が誘導するので、静脈に注射針を刺入しにゅうしてくれ。針が入ったら内筒ないとうをゆっくり引き、血液を採取する」


 注射や採血の方法については、出会った日の夜にひと通り説明済だった。

 それでもアズリールにとっては、今回が初めての実践だ。


「もう少し針を寝かせて……そう、そのままゆっくり刺し込む。……あと少し……よし、そこで内筒ないとうを引く」


 互いに能力ギフトを発動させながら、慎重に針を進め採血を行う。

 シリンジ内に血液が充満するのを見て、アーサーがいぶかしげに言う。


瀉血しゃけつとは違うのか……?」

「あぁ。痛みはそれほど強くないし、針を抜いてしまえば痛みが残ることもない。傷跡が小さいので、感染リスクも低い」


 アズリールが、慎重に針を抜いた。


 スズはアルコール綿を押し当て、「触れるなよ」と言いながら採血のあとを皆に見せる。

 皆、傷跡の小ささに驚いている。


「本番はここからだ。

 血液の成分を観察するために、この光学顕微鏡こうがくけんびきょうを使う」


 慎重に大きな箱から取り出したのは、マルヴィンと共に作成した光学顕微鏡だ。


拡大鏡かくだいきょうのレンズのようなものを組み合わせたものだ。とにかく大きく拡大して見られるので、血液中の細胞まで見える」

「血液中の、何だって……!?」

「細胞。ひとつひとつ小部屋に分かれた、最小単位ともいえるものだ」


 シャルルは驚いた様子で、眉間に皺を寄せる。


 2枚のレンズ(接眼せつがんレンズ・対物たいぶつレンズ)さえ丁寧に作り込めば、あとの作りは単純だ。

 スズの血液を1滴スライドガラスに乗せ、カバーグラスを乗せる。


「倍率はざっくりだ。ギリギリまでマルヴィンに攻めてもらったが、せいぜい600倍というところだろう。

 まぁまず、覗いてみてくれ」


 教皇きょうこうに促され、まずはシャルルが顕微鏡を覗き込む。


「こ、これは……っ!!!」


 シャルルの目には、無数の円がひしめき合う様子が見えた。


「これが、血液の中にあるものなのか……!?」

「そうだ。血液中の細胞なので血球けっきゅうと呼ぶ。

 数が多いのが赤血球せっけっきゅう、小さく数が少ないのが血小板けっしょうばん、大きくて更に数が少ないのが白血球はっけっきゅうだ」


 スズが言うと、皆は代わる代わる顕微鏡を覗き込んだ。


「血球を見るだけでも様々な病気を見つけられる。

 異常な白血球が増える白血病はっけつびょうや、血球を細かく見ればアレルギー反応や寄生虫、細菌感染の区別すらもできる。

 もっと細かな検査を行えば、血液検査だけで肝臓かんぞう腎臓じんぞうなど全身の病気を見つけることもできる」

「すごいな、これは……」


 エリカは顕微鏡を覗きながら、息を吐いた。

 スズはその様子を見て、迷いながら控えめに言う。


「……今回皆に血液を観察してもらった理由は、もうひとつある。

 Dr.エリカは……舌が痛いのか?」


 突然名を呼ばれ、エリカは思わず顕微鏡から顔を上げた。






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