08 Dr.スズは自信がある







「なるほど。スズ・キタザトはその……

 コンラート氏のけを治したいと、そういうことですね」

「そうだ」


 大聖堂から奥の間に移動し、長いテーブルを囲んで座った。


 スズはマルヴィンの家から持ってきた解剖かいぼう学の本を用いて、じいさんの病態と治療方法を、使用する医療器具や薬剤を見せながら丁寧に説明した。

 ……つもりだった。


「そんなわけのわからん手術、上手くいくわけがない!!」


 ドンッと机を叩いたのは、枢機卿すうききょうシャルル・ホーエンハイムだった。

 苛立った様子で、言葉を続ける。


「そなたの居た世界がどうだったかは知らんが、ここは……ここは、同じ世界ではない!!」


 シャルルは震えながら、拳を握りしめた。

 教皇は、シャルルの肩にそっと手を置く。


「そうですね。シャルルが言うことも尤もです。

 しかし、あなたの説明に反論すべき点が見つからないのも事実です」


 教皇きょうこうはどちらの意見にも寄らない返答をした。

 それが不満だったのか、シャルルは益々声を荒げる。


「ま、万が一、治療が原因でコンラート氏が死んだら?! 君に責任をとれるのか?!」


 シャルルの怒声に対し、スズは即答する。


「あぁ。私のせいでじいさんが死んでしまったなら、私は処刑されても構わない」

「スズ、それは……!」


 スズの返答にマルヴィンは狼狽うろたえるが、スズはマルヴィンの言葉を遮る。


「当然だ。人の生命に関わるのだから、私に過失があったなら責任を取らねばならない。

 残念ながら今の私には地位も財産もない。渡せるのは、この命だけだ」


 スズが言い切ると、スズと教皇以外の全員がぽかんと口を開けていた。一番間抜けな顔をしていたのは、シャルルだった。


「……まさか、君の世界の医術師は……

 そんな覚悟を背負って患者を治療しているのか……?!」


 ようやく声を出したのは、アーサーだ。

 スズはできる限り控えめに答える。


「他の者は知らないが、きっとある程度の責任と覚悟は持っているさ」


 この世界の医術師は、いわゆる解剖生理学に準じた医学よりも、占星術や祈祷きとう、死後の祈りやきよめなどに重きを置いている。


 魔術があるとはいえ、チート級の能力ギフトを有する者は多くはない。

 つまり、医術師による治療の成功率も高いとはいえない。患者に対する向き合い方は現代の医師とは全く違うのだろう。


「患者は自分の命を医者に預けるんだ。

 医者も、命を預かる覚悟を持たねば不平等だろう」


 スズが言うと、教皇は穏やかだった表情をとうとう崩した。


「絶対に死なせないということですか? 人はいつか死ぬのに?」


 教皇は静かに、しかし昂然こうぜんたる態度で問う。

 スズは言葉を選びながら、かぶりを振る。


「違う。医者の仕事は、ことだ。

 助かる命を必ず助け、助かる可能性の低い命であっても命を繋ぐ方法を模索し、安らかに眠りたい者ができる限り安楽あんらくに過ごせるよう支援する。

 とは、そういうことだ」


 皆、押し黙ってしまった。

 尋ねたのが教皇だったこともあり、そこから話を繋ぐことがはばかられたのもあった。


 スズもその様子を静かに見ていたが、「そういえば」と口火を切る。


「すまない、大事な前提が抜けていた。

 私はそもそもじいさんの治療が失敗するとは思っていない」


 スズの言葉に、皆は目を丸くする。


「患者の状態も悪くはない。他に疾患しっかんもなく、発病前は健康そのものだった。

 専門の器材と薬剤を揃え、優秀な医者が数人がかりで手術するのだ。

 失敗しない自信があるから、治療をさせて欲しいと申し出ている」


 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだった。

 異星人を見るかのように皆スズに視線を向けるが、スズが臆することは無い。


「まぁ、医者としての精神論を語っても何の根拠にもならん」


 ここまでの話がほとんど意味をさないとでも言うかのように、スズは見切りをつけて言った。


「要は、目に見えないから信じられないんだろう?

 少しだけだが、身体の内部を皆で観察しようではないか」


 スズがニッと笑った。

 アズリールとマルヴィンは、なぜか背中がぞくりとした。






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